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第79話
「うちの藤岡です。明日からは彼がサポートします。藤岡主任、こちらが相原さんだ」
相原と呼ばれた人物が悠希の前へと歩んでくる。少し後ろに立つ伊東から緊張感が流れてきた。だが、その伊東よりも悠希のほうが遥かに驚きの空気を纏っていた。
ずいぶん背の高い、体躯の良い若い男は、にこやかな笑みをその顔に讃えて悠希に名刺を差し出した。そして、
「初めまして。相原彰吾 と言います。弊社でも有名な藤岡さんの下で働けるなんて光栄です」
と、悠希の記憶の奥底に残る爽やかな低い声で、慇懃無礼な挨拶をした。
「ほんとびっくり。すごいイケメンだったのー」
定時勤務が終わり残業時間帯に差し掛かったところで、悠希のチームの部下達が伊東の元に集まって井戸端会議を始めている。話題は昼間に挨拶を交わした出向者のことだ。
「相原って名前、聴いたことがあるよ。まだ入社二年目なのに、すでに営業の第一線でトップ成績を叩き出す期待の若手だって」
「でも、どうしてそんな人がうちに来るの? それもシステム企画なんてお門違いじゃない」
「なんでも自分から志願したらしいよ。親会社のほうは相当渋ったらしいけれど。本人が早めに色んなところで経験を積みたいってさ」
「確かに主任は親会社でも一目置かれる存在だものね。あっちへの転籍を望まれているくらいだし。そんな人の下で働ける私達は恵まれてるわよね」
「あれで笑顔があって人付き合いが良ければ、パーフェクトなんだけれどなあ」
部下達の話は途中から自分の話題になっているのに、悠希はそれにも気がつかない。
「藤岡主任!」
強く呼びかけられて悠希は、はっと現実に戻った。
「……ああ、なに?」
「なにじゃ無いですよ。どうしたんですか? ぼぉっとして。来週の金曜日に相原さんの歓迎会をやろうって話ですよ」
ハコフグのように膨れた伊東の顔を焦点の合わない目で見つめて、
「いいよ。企画しておいて」
はあい、と間延びした伊東の返事を耳にしながら、悠希は昼間に会った男の姿をまた思い出す。相原と名乗った青年に差し出された手を戸惑い気味に握ると、強く握り返された。そのあとも二言、三言、何かを話したが少しも覚えてはいない。ただ一つ気になったことだけが頭の中をぐるぐると廻った。
(なぜ、各務じゃないんだ?)
あれは確かに各務の息子の彰吾だ。一年前、各務の葬儀で会った姿そのままだ。なのにどうして名字が違うんだ?
それに悠希に対して彼は「初めまして」と挨拶をした。悠希の顔を見ても、知り合いだといった驚きも無かった。逆に悠希のほうが、見覚えのある男の姿に戸惑ってしまい、課長にどうしたのかと聞かれたほどだ。
受け取った名刺をじっと見つめる。親会社の社名の下には現在の所属部署名と一緒に「相原彰吾」と彼の名前が確かに書かれていた。
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