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第83話

 確かにいつからか各務の左薬指の指輪は無くなっていた。  そうなのか、と納得してしまうと言葉が続けられなくなる。黙ってしまった悠希に彰吾が、 「先日、父の一周忌の法要を執り行いました」 (そうだ。あの人がこの世を去って一年経った……) 「父方の祖父母と俺だけの簡素な法要でしたが、太田さんが訪ねてくれました」 「太田が?」 「ええ。実は、あなたにもお知らせしようかと思いましたが、それはやめておきました」 (誘われていたなら、どうしただろう?)  悠希はそこではっきりと浮かんだ疑問を口にした。 「彰吾くん、きみはあの火葬場で俺に嘘をついたね」  嘘? と彰吾が低く聞き返す。 「きみは俺にお父さんの携帯電話を渡したとき、『ロックが掛かっていて中を確認出来なかった』と言った。でも、それは嘘だろう?」  悠希の問いに彰吾は答える代わりに小さく眉を引き上げる。 「未送信の最後のメール。あれもきみが打ち込んだんだろう?」  ――悠希。いつか必ず逢いにいく。 「きっとパスワードだって違っていたはずだ。それをわざわざ俺の誕生日に設定し直したんだろう?」  彰吾は今度は片方の口の端を引き上げた。 「それにこの携帯電話の通信回線も。もうきみのお父さんは居ないのに、なぜ通話を可能にしていたんだ?」 「……あなたと繋がりたかったからです」  彰吾の返事に悠希は首を傾げた。 「俺と連絡を取りたかったのか? だけど、これを俺が捨ててしまうとは思わなかったのか?」 「現にあなたは捨てられなかったでしょう?」  捨てられなかった――。まるで行動を予想していたかのような彰吾の言葉に、悠希は息を詰めた。 「……あれは父の病が再発して直ぐのことです。俺は入院していた父に呼び出されました。そして」  ――彰吾、おまえ、俺の部下だった藤岡を憶えているか? 「あなたのことを忘れるわけがありません。憶えていると言うと、父はこんなことを俺に言い出したんです」  ――藤岡は今、東京で暮らしているんだ。彰吾、彼の様子を見てきてくれないか? 「俺はその頃、地元を離れて東京の大学に行っていました。父は俺にあなたの仕事先のメモを渡して」  ――別に声はかけなくていい。ただ、藤岡が元気にやっているのかだけが知りたいんだ。 「どうやって俺のことを……」 「人を使って調べたと言っていました。多分、調査会社にでも依頼したんでしょう。でも、『これは古い情報だから、もうこの会社には居ないかもしれない』とも言ってましたね。あなたと別れて、そんなに経たずに調べたのだと思います」 (俺と別れて……。部長は逃げるようにいなくなった、俺を捜していたのか……)

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