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第84話

 少し彰吾の台詞に気になるところがある。だが、そんな悠希の小さな疑問など知るはずもなく、彰吾はそのまま言葉を続けた。 「俺は父に示された会社の近くであなたを見つけました。あなたはまだそこに勤めていて……。初めて俺と会った頃と少しも変わっていなくて、直ぐにあなただと分かりました」  彰吾が悠希に視線を向ける。悠希はそれを感じながらも、その視線を微妙に躱した。 「父に言われた通りに、あなたには接触せずに大学の講義やバイト帰りにあなたの会社の近くを通るようになりました。まあ、頻繁に出逢えるわけも無かったのですが、何度か、深夜一人で家路につくあなたを見かけましたよ」  自分の行動を人知れず覗かれていたことに、悠希は戸惑いを隠せない。 「父にあなたの様子を伝えると、とても嬉しそうに喜んでいました。特別、父に願われたわけでは無いのですが、それからも父の見舞いに行く前にはあなたに会いに行ったんです」  彰吾は一息つくように缶の中のビールを飲み干すと、空になった缶をくしゃりと潰して机の下のごみ箱へと放り投げた。 「あなたを見つけてから父のことは別にして、あなたと話をしてみたいと思いました。ただ、あなたが父のもとを去った経緯が判らずに二の脚を踏んだんです。その頃でした。たまたま行った就職説明会にあなたの会社の系列グループのブースがあって」  試しに入社試験を受けてみたら今の会社に合格したのだ、と彰吾は事も無げに言った。 「あなたの噂は社内で良く耳にしました」 「俺の噂?」 「ええ。『子会社のシステム企画部の藤岡主任は、人の心を理解出来ない、嫌みで冷たい男だ』、と」  そんなものだろう。悠希から注意を受けて怒りに顔を赤く染めていた、今までの出向者達の顔を思い出す。 「しかし、仕事は早く正確で責任感の強い人だとも聞きました。うちへの転籍の話もあるそうですね。あそこからうちへの、それも中途採用者にそんな話が出るなんて、前代未聞だそうですよ」  そんなに高い評価などしてもらえる程の自分ではない。親会社から来る出向者が悠希達への監視役か新人教育代わりだと判っている。ただ、昔のことを思い出したくなくて、がむしゃらに仕事に対峙しただけなのだ。 「俺の先輩もあなたに厳しい指導を受けたと聞きました。でもお陰で今の自分があるとも言っていました」  残念ながら悠希はその彼の名前すら失念していた。そんなものだ。自分から他人には深く関わらずに過ごしてきたのだから。 「伝え聞くあなたのことは、俺の知る当時のあなたと違っていて不思議に思いました。ですが、直ぐに俺はその原因を知ることになりました。あなたは……、父に捨てられたんですね」

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