85 / 131
第85話
*****
「彰吾くん、きみは……。俺とお父さんの関係を知っているんだな」
ええ、と頷く彰吾の姿に、やはりそうかと悠希は思った。
「あなたが言ったとおりです。俺はあの携帯電話のメールを見ました。いや、見た、というよりも見せつけられました」
「見せつけられた?」
「あれは父が亡くなるひと月前の頃でした。見舞いに行った俺に、父はあの携帯電話を手渡して、」
――彰吾、この携帯の中の必要なものだけを残しておきたいんだが、おまえがやってくれないか。
「父に命じられたのは、あなたとのやり取り以外の履歴は全て消すことでした。そんなことくらい、自分でやればいいだろうと思いましたが、最後になるかもしれない親孝行だと思って携帯を預かったんです。次の面会の時に持ってくると言うと父は、今すぐここで作業をしてくれ、と」
このあと、東京へ息子が戻らなければならないことを知りながら、各務は彰吾に無理を押し付けた。
「未送信のメールフォルダは絶対に触るなと言われて、俺はその場で作業を始めました。膨大な着信やメールをあなたと父のものだけにしていって……。俺が作業をするさまを、父はベッドの上からじっと見つめていましたよ。あれは俺の顔色を窺っていたんでしょう」
当然、彰吾は各務と悠希のやり取りを目にしたはずだ。一体、彼はどう思ったのだろう。自分の父親が部下の男と体の関係を持っていたことを……。
「まったく馬鹿にされたものです」
彰吾の口から苦々しい言葉が吐き出される。
「父とあなたのやり取りを俺に見せつけて、一体何がしたかったのだろうと思いました。父は、あの頃から俺の気持ちを分かっていたんだ。あんなことをわざわざ俺にさせたのは、最後まであなたが自分のものだと釘を刺したかったのでしょう」
悠希はまた彰吾の言いように引っ掛かりを感じた。少し小首を傾げていたのかもしれない。悠希の顔を見た彰吾が薄く笑うと、
「藤岡さん。俺があのときの旅行に参加した理由を知っていますか?」
悠希はその頃の記憶を辿った。確か各務は、娘の入院に妻が付きそうので彰吾が一人になるから、と言っていた。その理由を聞いた彰吾はくくっと嘲笑して、
「あれはね、母に言いつけられたんです。――父の浮気相手を探って来いと」
「……浮気相手を?」
「そうです。母は昔から思い込みの激しい人でした。お嬢様気質で祖父に甘やかされて育ったせいか、何でも自分の望むとおりになると勘違いしているんです。祖父の部下だった父に一目惚れした母は『結婚したい』と自殺騒ぎまで起こして、困った祖父が父に頼み込んで一緒にさせたのですから。そんな夫婦なんて初めから上手くいくわけがない。現に俺が生まれてからは、急激に父は冷めていったみたいですね。妹が出来たのも奇跡のようですよ」
ともだちにシェアしよう!