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第89話

 開いたままの唇の間から強引に割り込んだ舌が、悠希の舌を捕らえようと動き回る。息をするのも許されないほど、奥深くに入り込んでくる彰吾から逃れようと、悠希は腕を挙げて彰吾を突き飛ばそうとした。だが、それも気づいた彰吾に強く両方の手首を掴まれると、後ろの窓ガラスに体ごと縫いつけられてしまった。  鼓膜に響く淫らな水音。それと同時に与えられる官能的なキス。きつく瞼を綴じていると、ふわりと香る彰吾の体臭までもがあの頃の各務と同じで、悠希の脳は混乱をきたした。 「……ぅ、」  熱い口づけに腰が抜けそうになる。それでも、彰吾の唇が角度を変えた瞬間に、悠希は強く上下の歯を噛み締めた。 「つっ!」  口の端に走った痛みに彰吾が反射的に顔を引いた。同時に弛んだ手首の戒めを振り払うと、彰吾の体から逃げ出す。急ぎ足で大きなベッドの横を通り過ぎようとしたとき、いきなり上着の後ろの襟を引っ張られた。 「うわっ」  勢い良く後ろへと体勢を崩すと、そのまま体を大きく振られて悠希は横様にベッドの上へと放り投げられた。俯せた頬をシーツに擦られて、急に恐怖で頭が一杯になった。  這うようにしてベッドを降りようとすると、ギシッとスプリングが軋む音と共に延びてきた手が悠希の肩を掴んで、ベッドに強く押しつけられた。 「彰吾くん! やめるんだ!」  体格差は否めない。それでも悠希は彰吾から逃れようとばたばたと暴れた。そんな悠希の抵抗を、彰吾は事も無げに抑え込むと悠希の上着を剥ぎ取った。  片膝をかけられているのか、腰に強烈な圧迫がある。彰吾は悠希の両手を後ろ手に片手で押さえて、空いた手で悠希のネクタイを器用に外すと、それを使って押さえていた両腕を縛ってしまった。 「彰吾くんっ!?」  自由を奪われた事実に悠希は打ちのめされる。最悪な状況にパニックになる悠希を彰吾は軽々と仰向けにした。悠希の眼に飛び込んだのは、ぎらぎらと瞳を輝かせる彰吾の興奮した姿。悠希を見下ろしてニヤリと嗤った彰吾は、血の滲んだ口の端を赤い舌で拭った。その傲慢で淫靡な表情に、なぜか悠希の下半身がぎゅうっと疼いた。  彰吾は無言のままで悠希のシャツのボタンを外していく。徐々に顕わになる素肌を視姦する彰吾の視線を感じながら、悠希は浅い呼吸を繰り返した。その忙しない胸の動きも彰吾には見られている。彰吾の喉仏が一つ嚥下すると、今度は悠希のベルトに手を掛けて、カチャカチャと微かな金属音を響かせる。 「やめてくれ!」  何とか腰を捩って阻もうとしても、ウエストの締め付けは簡単に弛められてしまう。外気が下着越しに股間に触れた途端、ぞくりと全身が粟立った。

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