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第90話

 そこまで無言で作業をしていた彰吾が、悠希の太ももの間から上体を起こして寝転がる悠希を見つめた。大きくシャツをはだけられた悠希の肌の上を彰吾の視線がゆっくりと這うさまが、羞恥に目を逸らした悠希にもひしひしと感じられた。  恐る恐る彰吾へ視線を戻すと彰吾は悠希に視線を向けたまま、ボタンを外して着ているシャツを脱ぎ去った。薄い照明に晒された彰吾の上半身に悠希は息を飲んだ。  しっかりとした首から肩にかけて、張りのある肌が天井からの灯りを反射している。ただ、そこにゆらりと佇んでいるだけなのに、胸から腹にかけて鍛え上げられた肉体を支える割られた筋肉が見てとれた。  自分は小さくて貧弱なのが嫌なんだ、とコンプレックスを悠希に打ち明けた少年の姿はそこには無かった。  思わず見とれていた悠希に気がついたのか、彰吾がさらに不遜に嗤いかける。そして悠希の太ももをスラックスの上から撫でた。  布越しに肌を触られる感覚がぞわぞわと不快感を生む。でもそれだけではない。生まれた不快感は肌を浸透して神経を伝ううちに、甘く変化していくのを悠希は知っている。  そしてそれに自分が抗えなくなることも。  彰吾の手が太ももから一旦下腹を撫でると、筋肉の筋を確認するかのように下へと降りてきた。その先には未だに薄い布地に包まれたままの自分の花茎がある。  熱が燻り、ほころび始めているそれを彰吾に知られたくはない。悠希は自分の股間へと意識を向けた彰吾に向かって、大きく右足を蹴り出した。  上手い具合に足の裏が彰吾の左肩を捉えて、彰吾の上半身がぐらりと揺らいだ。その隙に悠希は後ろ手に縛られて自由の効かない上半身を素早く捻ると、顎と肩で体を支えに立ち上がろうとした。  だが、体勢を崩しただけの彰吾は、ベッドから降りようとしていた悠希の肩を掴んで上半身を起こすと、そのまま両手を廻して悠希を後ろから抱き締めた。 「離せ!」  悠希の短い叫びに彰吾は片手を上げると、すっ、と悠希の視界を手のひらで塞いだ。意外な彰吾の行動に悠希も暴れるのを止めてしまった。  ふーっ、と耳元で彰吾の粗い呼吸が繰り返される。真っ暗ではないが視界が遮られたことで、悠希の不安は増幅していった。 「お願いだ。手を離してくれ」  微かに自分の声が震えているのを悟られないように、悠希はゆっくりと言葉を発した。 「――あのときも」  不意に耳元で響いたバリトンに、悠希の背筋はびくりと大きく跳ねた。 「あのときも、あなたはこうやって視界を塞がれていましたね」 (――あのとき?)

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