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第92話(6)
ううん、と自分の苦しい呻き声で目が覚めた。部屋の灯りは落とされていて床下のほうが仄かに明るくなっている。彰吾はしばらくぼんやりと天井を見つめた。
(いま、何時かな……)
時間を確認したいが腕をあげるのも億劫だ。旅行の前日から体調は最悪で、騙し騙しここまで耐えたが、とうとう熱を出して倒れてしまった。
ふぅ、と息をついて寝返りを打つ。ごそごそという布の擦れる音と共に布団の中から籠った熱が外へと出ていった。
体の向きを変えた先にはもう一つのシングルベッドがある。昨夜は父親と同じ部屋で寝るのは嫌で隣の和室を使えと追い出したが、今夜はどうも隣のベッドを使っていたようで、捲れた布団がさっきまで横になっていた人がいた存在を示していた。
(父さんが使ったのかな……)
彰吾は父親ともう一人、この部屋にいるであろう人物の顔を思い浮かべた。
「ゆっくり休んで」
優しい声と柔らかく自分を触ってくれた手の感触を思い浮かべる。
(――、悠希さん)
父親の部下の青年。父親ほどではないが背が高く、体つきはほっそりとしているのに風呂で見た裸は綺麗に均等に筋肉がついていて、ちょっと見とれてしまった。顔だって優しげで甘くて、彼に笑いかけられるとなぜかドキドキする。ぱっちりとした二重の下の琥珀色の瞳で見つめられると、ドキドキがさらに増した。
(今夜はここに泊まるって言ってた)
彰吾はゆっくりと体を起こした。下がったとはいえ、まだ発熱の影響があるのか少し頭がふらふらする。隣のベッドとの間のサイドテーブルに置いてあった飲みかけのペットボトルを手に取ると、温くなった水を飲み干した。
(悠希さん、和室にいるのかな?)
ベッドの向こうに見える和室の障子を見つめた。ぴたりと閉じられた障子の向こうには彼が眠っているに違いない。
(父さんはどこに行ったんだよ?)
隣の空のベッドを見て、なんとなく苛ついてしまう。大体、父親との旅行なんて嫌だったのだ。同じ家に住んでいるのに赤の他人のような両親のせいで、彰吾もここしばらくはまともに父親と話をしていなかった。
『彰吾、お父さんの様子を確認してね。特定の女の人と仲が良さそうだったら、どんな人だったかお母さんに教えてちょうだい』
(ようは浮気の相手、愛人を捜せってことだろ……)
そんなことを知って、母さんはどうするつもりなんだろう。それでも気乗りのしなかった旅行は楽しいものになった。父の会社の女性達には最初の夜、ラーメン屋でズバリと聞いた。
「この中に父さんのこと、好きな人いる?」
女の人達は皆、きゃらきゃらと笑って、「各務課長は格好いいし、みんな、課長のことが大好きよ」と言われて、彰吾は調査をおしまいにした。
(母さんの決め付けにはついていけないよ)
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