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第93話
ぶるっ、と背中が震える。寝間着代わりに持ってきたスウェットが汗を吸ってひんやりと冷たくなっているのが判った。首回りもべたべたとして不快感が増した。
(着替えたいけど、浴衣ってどこだっけ?)
眠りに落ちる前に優しく笑いかけてくれた、悠希の浴衣姿を思い出した。確か和室の棚に置いてあったのを見た記憶がある。彰吾はそっとベッドを抜け出すと、力が入らない足をそろそろと動かして和室の障子の前へと歩んで行った。
(悠希さん寝てるかもしれないから、そっと入ればいいよね)
もしかしたらまた、あの綺麗な寝顔を拝めるかもしれない。まだ、熱の余韻でふわふわする頭でそんなことを考えながら、障子に手をかけた時だった。
「……ん、うぅ」
微かに中から人の声がして彰吾はぴくりと動きを止めた。
(悠希さん?)
思わず息を殺して耳を澄ましてみる。天井に埋め込まれた空調の音ととは別に、明らかに人の声が障子の向こう側から小さく漏れ聴こえてくる。
「……声は……、彰吾が……」
自分の名前を耳に捉えて彰吾はどきりとした。これは父親の声だ。じゃあ、和室には父さんと悠希さんが ?
「ぁ……、ぁ、う……」
(なんだろう? 悠希さんの声かな? でも、どうして、こんなに苦しそう?)
もしかしたら俺の風邪が伝染って悠希さんも体の調子が悪くなったのかもしれない。だから、父さんが悠希さんの具合を看ているのかも。
彰吾は不安になって障子を開けようとした。すると障子の向こうから父の声が小さく響いた。
「……おまえのこの淫らで美しい姿をあいつに見てもらおうか」
その言葉に彰吾はなぜか、いやらしい響きを感じた。ドンドンと胸が大きく脈打って体が火照ってくる。また熱がぶり返したのかと思ったがそうでないことは彰吾には分かった。
彰吾はその場にそっと体を屈めた。そして、本当に少しだけ障子を左右に開いた。
別に大きく障子を開けてもいいのだ。中に入って替えの浴衣を取りに行くだけ。だけど……。
彰吾にはその行動を実行する勇気が無かった。
薄く開いた障子の隙間を覗き見る。中は暗くて直ぐには様子を窺うことが出来ない。徐々に目が慣れてくると限られた視界の中に蠢く人影を捉えた。
(あれは……、悠希さん?)
確かに悠希だ。だが、その姿は彰吾には異様に見えた。
上体を起こし、着ている浴衣は大きくはだけて上半身は顕わになっている。そして何よりも、その顔を覆う黒い布のようなもの。それは悠希の目を覆い視界を塞いでいるようだ。白い喉を突き出すように顔を上げて、唇をきつく噛み締めているのか、粗い吐息が悠希から溢れていた。
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