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第98話
純情――? そんなことはない。
東京での生活にも慣れた頃、何度か悠希は冷たくなる肌を温めてもらおうと夜の街を彷徨った。誰でもいい。この虚しい心と体を快楽という温もりで包んでくれたら……。
実際に何人かに気に入られてホテルの部屋まで行ったこともある。
でも、できなかった。
一回きりだ、一夜だけだ、今だけだ、と思っても、どうしても彼らと肌を重ねることは出来なかった。
彼らに抱き締められると途端に湧き出す罪悪感……。
それを我慢していると今度は猛烈な嫌悪感に変わって、のしかかって来た相手を突き飛ばして逃げたこともあった。
そうして、抱えきれない寂寥がまた悠希を包むのだ。そんなことを繰り返すうちに、悠希の心は冷たく硬く凍っていったのだ。
「どうして、そんなに親父に操を立てているの?」
彰吾の言葉に悠希は、すっと熱が冷めていった。
「あなたを弄んで捨てた男に、どうしてそこまで従順になれるんだ?」
(操? 従順? 違う、俺は怖かっただけだ)
たとえ二人だけの秘密を共有していても、何かの拍子で各務に切り捨てられることが怖かった。だけど、予想に反してあの人は俺を気に入ってくれた。優しくしてくれた。
(だから……。俺はあの人に恋焦がれたんだ……)
「彰吾くん、俺は弄ばれても捨てられてもないよ……」
ぽつりと呟いた悠希の言葉に彰吾の動きが止まった。
「きみが渡してくれた携帯電話の内容で……。わかったんだ。なぜ、あの人があんなことを言って俺を遠ざけたのか……」
悠希の耳元で彰吾が小さく息を呑むのが分かる。悠希は壁の鏡に写る彰吾を真っ直ぐに見つめると、
「あの人の病気、本当は分かった時から余命宣告されていたんだろ? その頃にはもう、あの人はきみ達と別れて一人で過ごしていた。簡単だよ、あの人は俺のことをよく理解していたから。きっと、俺に病気のことを言うと俺の自由を奪うと思ったんだ」
各務の未送信のメールが物語っている。本当は最期の日まで各務は悠希に傍に居てもらいたかった。でも、それをしなかったのは、これからいつまで掛かるかも分からない闘病生活に、悠希を巻き込みたくは無かったからだ。
「もしも、あの人に病気のことを打ち明けられていたら、俺はきっと何もかもを投げ出してあの人の傍にいただろう。それがあの人には苦痛だったんだ。それに手術をしてから五年間、寛解を保っていれば完治状態とみなされる。俺があのときに告げられた海外赴任の期間も五年間だった。あの人らしいよ。弱っていく自分の姿を俺に見せたくはないから俺の目の届かない、だけど自分が俺の動向を把握出来る場所に俺を置いておきたかったんだ」
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