102 / 131

第102話

*****  明るくなった室内に目が覚める。体を包む気怠さが心地良い。  まだ手のひらに残る滑らかな肌の感触と何度も抽挿を繰り返して痺れの残る下半身に、とうとう彼と繋がれたのだと彰吾は横たわったまま、満ち足りた気持ちに浸っていた。  確か、溢れた快感に意識を失った悠希をしっかりと抱き締めて眠りについたはずだ。だが途中で寝返りでも打ったのか、今、彰吾の腕の中には悠希はいなかった。 (何度も何度も彼を穿った。俺の愛撫に彼は高く声をあげて応えてくれた。夢のような一夜だった。恋焦がれていた彼をやっと手に入れた……)  彰吾は、まだ隣で眠っているであろう悠希の寝顔を拝もうと、体の向きを変えて腕を伸ばした。ところが……。  悠希がいない!  ガバッとシーツを跳ね上げる。上半身をベッドの上に起こして周囲を確認した。大きな窓はカーテンが開かれたままで、その窓の下に確かに置かれていた悠希の鞄が見当たらない。床にも昨夜、熱く睦み合う前に脱ぎ捨てた衣服が散乱していたはずなのに、悠希の服どころか自分の服すら落ちていなかった。 (まさか……、逃げられたのか!?)  彰吾はその事実に呆然としてしまう。昨夜は二人で情を交わし合った。悠希は自分を受け入れて、感極まって自分の胸にしがみついてきた。何度目かの頂点へと向かう時にはきつく背中に爪を立てられて、その痛みさえ憶えている。 (あんなに好きだと言ったのに……、俺の想いはあの人に届かなかったのか?)  確かに悠希の返事を聞いていない。彼は自分の告白をどう受け止めてくれたのだろう。  もしかしたら彼の心の中にはまだ父親が生きていて、昨夜のことも一回だけやり過ごせばいいと思っていたのだろうか。 「くそっ!」  彰吾はサイドテーブルに放り投げていた煙草を取り出して口に咥えた。ライターで火を点けようとしたが、何度、フリントホイールを回してもカチカチというばかりで、着火する様子が無い。いらいらとしながらも彰吾は今後の行動を考えた。  逃げられたとしても、これからいくらでもチャンスはある。苦労して今の会社に入社し、誰にも文句を言われない実績を叩き出し、上司に頼み込んで悠希のいる子会社への出向を掴んだのだ。  事ある毎に愛を囁き、甘く体を蕩けさせれば、彼はきっと堕ちてくるはずだ……。  やっとライターに火が点った時だった。ぱたんと扉の閉まるような音と毛足の短い絨毯を踏みしめる音が同時に響くと、「……起きたのか」と、忘れることの無かった声が彰吾に届いた。

ともだちにシェアしよう!