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第113話
彰吾が高校の頃に長年不仲だった妻と別れてしまい、しばらくは息子や娘とも音信不通だった。だが、一度も顔を見せない元妻や娘に代わって、彰吾は各務が病に倒れてから何かと顔を覗かせてくれるようになった。
彰吾が訪ねてくれるのは素直に嬉しい反面、自分の余命が刻々と少なくなるようで不安でもあった。そして何よりも、自分の若い頃を生き写したような彰吾の生命力に溢れた姿を目にする度に、胸の奥に言い様の無い想いが燻るのを各務は苦く感じていた。
そう、言葉に表せば、これは自分の息子への明確な嫉妬心だ。さらにこの嫉妬心に輪をかけているのは……。
「昨日も悠希さんを見かけたよ」
見かけたなんて彰吾の嘘だ。彰吾は自ら進んで悠希の様子を確認しに行っている。そしてそれを命じたのは他でもない各務自身だった。
悠希が自分の元を去ってから、各務は彼の行方を探した。やがて彼がここから遥か離れた東京にいることがわかると、当時、東京の大学に通っていた彰吾に悠希の様子を窺い、そのさまを自分に教えて欲しいと頼んだのだ。
彰吾が勤め始めた会社は悠希の勤め先の親会社らしい。彰吾にはっきりと聞いた訳ではないが、きっと彰吾は悠希の近くにいたくて今の勤め先を選んだのだろう。見舞いの度に彰吾は悠希の様子をつぶさに報告してくれる。しかし、彰吾が語る悠希の姿は、ふたりで過ごした日々の彼とは程遠く、聞くほどに各務の心を痛めつけた。
末期の病に自暴自棄になり、あれほど尽くし愛してくれた優しい彼を傷つけて遠ざけた。今のこの姿を彼に見られずに済むのは良いが、その代償は大きな後悔と胸を埋め尽くす寂しさだ。
リクライニングを上げたベッドの上から暗い窓の外を眺めた。昼間で天気が良ければ、そこにはのどかに広がる瀬戸内の静かな海が見える。しかし今の光景はすっかり日も沈み、窓には激しい雨の名残りの水滴が付着して、厚い雲が覆うどんよりとした真っ暗な景色だった。
「……相変わらずひとりだったよ」
ぽつりと溢した彰吾の呟きに指先が微かに震えた。各務と別れてから悠希は人付き合いを厭うようになった。穏やかで優しかった彼が自ら孤独を選ぶようになったのは全て自分の責任だ。
各務は自分の分身のように大切にしている古い携帯電話を力なく握り締めた。ここには彼との愛し愛された日々が綴られている。それを残酷にも悠希とのやり取りが彰吾の目に触れることは承知で、携帯電話の中のメールの整理を押しつけた。
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