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第115話【雪のなごり、約束の場所】
「いいなあ、藤岡主任と相原さん」
小さくてカラフルな弁当の中身をつつきながら、伊東は本日何度目かのため息をついた。
「伊東ちゃん、先週からずっとそれよね」
「主任と相原さんの出張が決まってからずっとじゃん」
ここは都心のとあるオフィスビルの一室。
伊東と一緒に昼食の長机に座る女子社員たちが、呆れたように伊東を眺める。
「だって、あっちは今のシーズンなんて超いいじゃない?」
「観光に行くのならいいわよ。でも、仕事となると、ねえ?」
「ほんとよ。何が悲しくて、あんなに寒くて雪も深いところに仕事で行かなきゃなんないのよ? それに今朝の天気予報見た?」
天気予報? と伊東が箸の先を小さく咥えて小首を傾げる。
「向こうは凄い雪みたいよ。伊東ちゃん、冷え症で東京の寒さも耐えられないのに、あっちになんか行けるわけないじゃない」
「そうそう。それにさ、あんた、相原さんにちゃっかりお土産頼んでたでしょ? ロイズのチョコレートだっけ?」
「あれ? 藤岡主任には六花亭のバターサンドもお願いしてたよね?」
むぅ、と口をつぐんだ伊東が、弁当箱から一房のブロッコリーを摘まみ出すと、
「違うわよお。何も美味しいものが食べたいとか、ちょうどやってた雪まつりに行きたかったわけじゃなくて、あの二人と一泊して夜に飲みに出掛けたりするのがいいんだって!」
まあねえ、と他の女子社員が伊東の意見に大きく頷いた。
「主任達、明日は出てくるんだっけ?」
「確か今日の四時の飛行機に乗って帰るって」
「大丈夫かなあ。午後から夕方にかけて、さらに向こうは雪が酷くなるみたいよ?」
「だめならもう一泊するわよ。伊東ちゃんが楽しみにしてるお土産は最悪週明けになるかもね」
くすくすという笑いが華やかに響いたあと、急に伊東の前に座っていた女子社員が真顔でポツリと呟く。
「でも、雪で閉じ込められてもう一泊なんて。なんか、あの二人なら……、危ういわ」
瞬間、張り詰めたように場が静かになると、誰からともなく、いやだあ、なによう、と声が上がった。また、きゃらきゃらと笑い声が続いて、やがて伊東が一言、大きく叫んだ。
「あーっ! 私もあの二人と一緒に北海道出張、行きたかったあ!」
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