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第120話

 結局、テレビ塔に着くまでの間、彰吾は「転ぶと危ない」と最もな理由をつけて悠希の手を離すことはなかった。確かに馴れない凍った雪道に悠希は何度か足を取られ、その度に彰吾に体を支えられてやっと入口までやって来たのだ。  こんなとき、彰吾と比べて自分の脆弱な体が嫌になる。  それでも彰吾と手を繋いで歩く道すがら、所々に記憶の片隅にある風景が思い出されてくると、懐かしさがじわりと胸に迫ってきた。車道側を歩く彰吾は今は見上げる程の男になったが、あの頃は体の小さな少年で、それがコンプレックスなのだと屈託なく太陽のように笑っていた。 (あの時、撮った写真はまだ持っているのだろうか)  二泊三日の社員旅行で彰吾は沢山の悠希との写真をデジカメに納めていた。結局、あの写真は彰吾からも彼の父親の各務からも渡されることは無かったが、まだ持っていてくれているのならそれはそれで嬉しい。  テレビ塔に到着すると一階から三階へと上がり、入館チケットを購入した。 「結構、人がいるな」 「冬の見頃は夜の大通公園のイルミネーションらしいですからね。ほら主任、もう少し寄ってください」  展望デッキへと向かうエレベーターに乗り込むと、後ろからどんどん人が入り込んでくる。みな、一様に着膨れているから定員一杯に入ると余計に隙間が無い。悠希は背中からぎゅうぎゅう押されて、顔をしかめる。なにやら聞き取れない言葉でお喋りを続ける集団と一緒に狭い箱に押し込められた。 「……いたた」 「もっと寄らないと後ろに迷惑になりますよ」  彰吾が言葉と一緒に悠希の腰に手を添えて、ぐっと引き寄せる。途端に彰吾の胸元に頬が触れると、もう片方の手が覆い隠すように背中に廻された。人混みの中、悠希は彰吾に抱きしめられる格好に慌てて、 「大丈夫だから手を……」 「全然大丈夫じゃないでしょ? ほら、もうちょっとこっち」  なおも腕を引かれると、彰吾は自分が立っていたエレベーターの壁に悠希を押しつけて庇うように大勢の人に背を向けた。彰吾の温かい吐息が悠希の前髪を揺らす。大きな彰吾の体に悠希は視線を塞がれて、今の状況が把握出来ない。 「人目が……」 「構いませんよ。誰も見てません。それにこの人達、外国人観光客ですからね、もう二度と会うこともない」  確かに先ほどからかしましい彼らの話し声は日本語ではない。  狭い箱の中、だんだんと息が苦しくなってきた。彰吾も同じなのか呼吸をするたびにコート越しの厚い胸板が大きく動く。それに頬を擦られながら悠希は激しく脈打つ心臓の鼓動が彰吾に悟られないようにと願った。

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