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第123話

 そんな悠希の戸惑いを知ってか知らずか、彰吾は視線を泳がせる悠希に追い打ちをかけた。 「うちへの異動の返事もだけれど、俺はもうひとつ、悠希から答えをもらわないといけない」  悠希――。  彰吾が自分を呼び捨てた。これは二人だけの秘めごとの始まりの合図……。  彰吾の右手が延びてきて悠希の火照った頬を包んだ。それはするりと滑り落ち、顎に指がかかるとゆっくりと上向かせられる。さ迷っていた視線は彰吾の瞳に捕らえられ、逸らすことが出来なくなった。  唇が触れるかというほどに彰吾は顔を近づけると「相原」と呟いた悠希に、 「もういい加減、部下から恋人に昇格してもらえない?」  とても願いを乞うているような感じではない。それは悠希の想いなど、とうの昔にわかっていると言いたげな口調だ。その証拠に悠希を見つめる彰吾の視線には、やけに余裕が溢れていた。 「悠希が本気を見せてみろって言うからさ、仕事ではこれまでかなり本気を示したと思うんだけれど。なのにクリスマスも、正月の休みも二人で逢うのをスルーされて、かなりヘコんでるんだよね」  確かに彰吾から返事を聞きたげな雰囲気を嗅ぎつけると意識的に彼を避けた。そんな悠希のよそよそしい態度に彰吾は何も言わず、しばらく一定の距離を保ってくれた。 「……クリスマスは一緒にイルミネーションを観たじゃないか」 「あれは忘年会の帰り道だったね。それに二十四日じゃなかった」  ――イヴに逢いたいだなんて、女の子みたいなことを……。  彰吾の反論に悠希は思わず、目の前の背の高い男が可愛いと思ってしまった。 「……そんなことを気にするんだ。ちょっと意外だな」  くすっ、と笑みを溢す。途端に悠希は顎を掴まれて唇を彰吾に塞がれてしまった。 「っ、はっ……、ん……」  彰吾のキスはいつも激しくて悠希は応えるのに精一杯だ。舌を舐められ、下唇を喰まれて、体の中心に熱を帯びてきた頃には、彰吾は悠希の上着を剥ぎ取り、ネクタイのノットを器用にほどいてシャツのボタンさえ全て外し終わっていた。  糊のきいたシャツの衿に包まれていた首筋に湿った舌が這わされる。体の熱は内側では留めておけなくなり、肌の表面にせりあがって発散しようとする。それが皮膚の感覚をより鋭利にして、彰吾の息づかいが起こす微かな空気の揺れも、ひりひりと痺れるように感じてしまう。  もうこうなっては抗えない。それでもなけなしの理性を総動員して悠希は言った。 「相原……。せめてシャワーを……」  ちゅう、と鎖骨の上の薄い皮膚をきつく吸った彰吾が顔を上げた。その何かを含んでいる表情に熱い吐息をこぼしながら、悠希の胸にまた妙な予感が拡がっていった。

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