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第129話
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「今日は無事に飛びそうですね」
空港のカフェの大きな窓から、コーヒーカップを手にして外の景色に目を細めた彰吾が言った。その口調にどこか残念そうな空気を感じるのは穿った考えだろうか。
昨日の天気予報ではまだ低気圧の影響が残り、新千歳空港近辺は雪だと言っていた。なのに北海道地方は予想に反して朝から雲ひとつない青空が広がっている。空から注ぐ太陽の光が積もった雪を白く輝かせて、暖かささえ感じるほどだ。
窓に面したカウンターテーブルに並んで座り、同じように風景を眺めていた悠希が小さく笑う。
「何ですか? 藤岡主任?」
彰吾は相変わらず、人目のあるところでは悠希を役職名で呼ぶ。とても他人には、ホテルのチェックアウトのぎりぎりまで互いの情熱を交わしあっていた二人には見えないだろう。
「いや、やっぱり晴れ男だな、と思って」
あの人は酷い雨男だった。その息子の彰吾は反対に晴れ男。特に初めて経験することがあると必ず晴れるという。
その逸話を思い出して、悠希は彰吾に問いかける。
「何か、初めてのことがあった?」
すました顔でコーヒーを啜った彰吾はカップを皿に戻すと、隣の悠希をじっと見つめた。その優しい頬笑みに思わずどきりとしてしまう。
彰吾は少し悠希に体を寄せると心持ち声を落として、
「ありましたよ。人生で初めての恋人ができた。それも一番好きになった人とね」
「……嘘だろう?」
彰吾の容姿でそんなことは考えられない。嘘なのか本当なのか、どちらとも判別できない笑みを目の前にして悠希は戸惑う。でも、この晴れ渡った空を見ていると、彰吾が偽りを言っているとは思えなかった。
じわりと胸の奥に嬉しさが拡がる。蕩けそうなほどに甘い彰吾の視線にさらされている自分が恥ずかしくて、悠希は視線を逸らそうと熱いコーヒーを口にした。すると、何かに気づいた彰吾がスーツの胸ポケットから社用の携帯電話を取り出してその場で応対を始めた。悠希は意識を彰吾から外して窓の外を眺めた。
しばらく低い声で話をしていた彰吾が「はい、藤岡主任なら隣にいます」と言うと悠希に向かって携帯電話を差し出した。
悠希はそれを受けとり、二言三言、返事をすると彰吾に内容を聴かれたくはないのか、椅子から立って店の外へと話をしながら出ていく。
電話の相手は統括部長の林だ。悠希の親会社への転籍の説得は上手く言ったかとわざわざ連絡をしてきた。昨夜、悠希には尋ねたものの、そのあとは二人で過ごす濃密な時間にすっかり返事をもらうのを忘れていた。それに林統括部長の悠希に対する思い入れにも彰吾は少し警戒している。確かに悠希は子会社に置いておくには惜しい存在であることはわかるのだが……。
悠希が通話を終えて戻ってきた。立ったまま携帯電話を返されて彰吾はそれを受け取ると上目使いに悠希の様子を窺う。悠希は彰吾の探るような視線に小さく苦笑いをした。
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