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第130話

「何が聞きたい?」 「まあ、うちの林統括部長が何を言ったのかはわかりますけれど。それで結局、どうするんですか?」  悠希は彰吾の隣に座り直して腕時計で搭乗時刻までの残り時間を確認すると、カップに残ったコーヒーを飲み干してため息をついた。 「三月末まで休みがなくなったよ。今回の提案要件の取りまとめと後任の選定。それから今持っている業務の引き継ぎに客先への挨拶。加えてあっちで新たに始まるプロジェクトの準備にも事前参加しろってさ」 「もしかして」 「……とうとう押し切られてしまったな。四月から相原と同じ会社の社員だ」  やった、と彰吾が子供のようにはしゃいだ声をあげた。近くにいた人達が何事かと視線を向けたがそれを気にすることもせず、 「よかった。これから先も悠希と一緒に仕事ができるんだ」  余程嬉しいのか、彰吾は悠希を「藤岡主任」と呼ぶことさえ忘れているようだ。そんな彰吾を横目に悠希はまた椅子から立ち上がって、背凭れに掛けてあったコートを羽織った。彰吾も慌ててカップの中を空にして、先にカフェを出た悠希のあとを追う。 「だけど、新規プロジェクトの準備って? 林統括部長からも他の奴らからも、そんな話は聞いていないな」  追いついて、悠希と肩を並べた彰吾が人混みのロビーを歩きながら独りごちる。 「でも、春からもっと楽しくなりそうだ。これからも公私共にお願いしますよ、藤岡主任」  浮かれた雰囲気を醸している彰吾に悠希は冷静に言った。 「……おまえは十月まで子会社での出向期間延長だと林さんは言っていたぞ?」  ぴたり、と歩みを止めて、えっ、と彰吾が驚きの声をあげた。数歩、前に出た悠希は後ろを振り返って、 「聞いていないのか? 今回の北海道での案件、俺とおまえが同時に抜ける訳にもいかないだろうと、落ち着くまではおまえがメインで担当することになったんだ。それに親会社での俺の所属はしばらくの間、統括部長付きになるから、戻ってきても別々の部署だろうな」 「はあっ!?」  彰吾の驚愕の叫びにロビーを行き交う人の足が一瞬止まった。少し笑って話した悠希も、彰吾の予想外のリアクションに驚いてしまった。 「くそっ! やっぱりあのオッサン、そういう魂胆だったのかっ」 (オッサンって、林統括部長のことだよな?)  小首を傾げた悠希の前でいきり立つ彰吾が乱暴に携帯電話を取り出して番号をプッシュする。 「そんなところで立ち止まると通行する人の邪魔になるから」  悠希は慌てて携帯電話を握る彰吾の手を掴んで広いロビーの人混みを避けると、目についた売店の入り口脇の観葉植物の影に彰吾を引っ張っていった。 「あーっもう、嫌な予感的中だ。前から部長の悠希を気にする態度がおかしいと思っていたんだ!」 (これは……。もしかしたら、林さんに嫉妬しているのか?)  未だに上司に対して悪態をつく彰吾に、悠希はとうとう我慢ができずに声をあげて笑ってしまった。

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