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第2話 要について

髪色をアッシュグレーに変えたのは、自分が『ある人物』に似ていたからだ。 今年のお正月、一年ぶりに帰った実家では二年前に亡くなった祖父の遺品整理が行われていた。 「なんでこんな時にやってるわけ?」 年末ギリギリまでアルバイトをしていた要が実家に着いたのは一月一日の午後。東京から新幹線と在来線を乗り継いで六時間半の道のりだ。 お土産と背負ってきたリュックをドサっと居間に下ろすと、祖父が使っていた和室の部屋に大集合している家族に目をやった。 「初詣はもう午前中に行ってきちゃって暇なのよ。それにおじいちゃんの部屋もそろそろ片付けなきゃと思ってねー」 母親がせっせと祖父の棚に並んでいる本を出しながら答えた。 隣では父親がタンスの中の洋服を一枚ずつ並べている。 「ふーん」 要も和室に入り、積み上げられた本やノートに目を通した。 この部屋を使っていたのは母方の祖父だ。 母の実家は広く部屋数も余っていたため、要が小学校に上がるタイミングで同居することになったのを覚えている。 祖母は同居して二年後、そして祖父は一昨年、要の受験が本格的に始まる前に亡くなった。 そして今は要の両親と妹二人の四人で住んでいる。 「お兄ちゃん、お土産何買ってきてくれた!?」 上の妹、律が祖父の洋服を畳みながら聞いてきた。 「東京駅で買ったお菓子だけど」 「えぇーなにそれ!?もっと他にあるよね?!東京でしか買えないもの・・」 「バイトで忙しくて買いに行く時間なかったんだよ」 「私おかし食べる〜!お母さんいい?!」 末妹の澪は母からの返事を聞く前にバタバタと居間の方へと走っていった。 律は高校二年生、今年は受験生になる。年頃の生意気さもあるが、サッパリとした性格をしている。 澪は小学四年生で明るく末っ子気質の甘えん坊だ。 結局文句を言いながらも律も居間へお菓子を食べに行った。 そのため和室での遺品整理の手伝いは要がすることになった。 手元にあった古い手帳をそっと開く。 中には几帳面な字がびっしりと並んでいた。 「おじいちゃん、字が綺麗だな」 ボソリと呟きながら要はパラパラとページをめくった。 すると、ヒラリと一枚、正方形の紙が間から舞い落ちてきた。 縦横六センチほどの小さな紙だ。 要はそれを拾うと何かが写っている面に目をむける。 そこに写っていたのは白黒の写真だった。 二人の少年が楽しそうに笑っている。 「誰だろう?」 要の声が聞こえたのか母が首を伸ばして覗き込んできた。 「あら、おじいちゃんの小さい時の写真かしら!かわいい」 小学三、四年生くらいの坊主頭の男の子が隣に立っている中学生くらいの少年にしがみつくようにくっついている。 「どっちがおじいちゃん?」 要は母に写真を見せながら聞いた。 「うーん・・このつり目の感じを見ると坊主頭の子の方かなぁ」 「へぇ・・」 要は元気そうな男の子に目をやる。たしかに祖父はつり目だったことを思い出した。 「でも、隣のこの男の子、要に似てるわねぇ」 「えっ?」 母が指さしたところを覗き込む。 前髪をセンターでわけた黒髪の少年は穏やかそうに微笑んでいる。白黒写真なので肌の色などはハッキリしないが、瞳の色が薄そうなのはわかった。 「似てる?俺が?この子に?」 要は眉をひそめながら聞いた。 「似てるわよね、お父さん!」 母はそう言って畳んだ洋服を種類別に仕分けしている父に声をかける。 父は一旦手を止めると写真を手に取り見つめた。 「あぁ、たしかに似てるな。鼻から上の雰囲気なんかが一緒だ」 「そうかな・・?」 要はもう一度写真の少年を見返す。 自分ではあまりよくわからない。写真も古くて色褪せているし、この少年は自分より穏やかそうなで顔つきも違うように見える。 「ほら、前髪を真ん中でわけたらそっくりよ〜」 そう言って母は要の前髪をチャチャッと真ん中で分けて見せた。 和室に置いてある祖母の鏡台でチラリと自分の姿を見つめる。 「・・・」 確かに、似ているか似ていないかで言ったら似ているような気がする・・ 要が鏡に写る自分と写真を見比べていると、父がボソリと言った。 「この子、おじいちゃんのお兄さんかもしれないなぁ」 「えっ?」 「あぁ、そうかもしれないわね。おじいちゃんお兄さんと仲良かったって言ってたものね」 「おじいちゃん、兄弟いたんだ」 要にとっては初めて聞く話だ。 「いたみたいねぇ・・でもねぇ・・」 そこまで言って母は一瞬口を閉じる。 それから改めて要が持っている写真に目をやって言った。 「早くに亡くなったらしいのよね。まだ十代だったんじゃないかしら」 「えっ・・・」 「うん、確かそんなこと言ってたね。おじいちゃんが中学生くらいの頃って聞いたよ。だからお兄さんは高校生かそれくらいだったんじゃないかな」 「・・・なんで亡くなったの?」 要は写真の穏やかそうに笑っている少年を見つめて言った。 「事故って言ってたわね。病気ではないみたい」 「・・・事故・・」 「しかし、改めて見ると本当そっくりだなぁ要」 父が少し重たくなった空気を変えようとしたのか大きな声で言った。 「やめてよ・・なんかちょっと、縁起悪いじゃん・・」 要は思わず写真をギュッと握りしめる。 「ははは!大丈夫だよ要は!」 父はそう言って笑ってみせたが、要は鏡に写る自分の姿を見てなんだか不安な気持ちに襲われた。 黒髪の前髪をセンターに分けた自分の顔。 自分であるはずなのに、別の誰かを見ているような気持ちだ。 でもこの人物を・・どこかで見たことがあるような気がする。 ずっと昔だ。ずっとずっと昔。それこそ毎日のように・・ だってこの顔は・・ 「要?どうしたの?」 母に声をかけられ要はハッとした。 「急に黙っちゃって・・そんなに心配しなくても大丈夫よー!要とお兄さんは別人なんだから!」 「・・・うん」 要は小さく頷く。しかし再び鏡に写った自分の姿が目に入ると、慌てて前髪を元に戻した。 それから東京に戻るとすぐに要は髪を染めた。 何色にしようか悩んだが、なんとなく自分の顔に似合わない色にしたいと思った。 その結果が今のアッシュグレーだ。前髪は斜めに長めに下ろしている。 友人にはかなり驚かれたがイメージが変わっていいと褒められもした。 なんとなく・・あの少年の面影を消したかった。 別人だと分かっていても、何かが迫ってくるような不思議な恐怖心を覚えたからだ。 俺は・・相楽 要だ。 そう、自分が忘れなければ大丈夫だ。 要は鏡に写る自分を見つめるとそう強く言い聞かせて、玄関のドアを開けた。

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