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第4話 栄二
「栄二!!」
聞き慣れた明るい声に呼ばれて栄二は上を向いた。
「まだ勉強終わらないの?そろそろ帰ろうよ!」
時臣はそう言いながら机を挟んで栄二の前にドカっと勢いよく座る。
見ると体中泥だらけだ。
「時臣、ここ図書室。静かにしないとまた怒られるよ」
「だって、いつまで勉強してるんだよ〜。俺もう待ちくたびれたよ」
「そもそも・・最初に時臣が野球してくるから待っててって言ったんでしょ」
「助っ人頼まれちゃったんだから仕方ないだろ。一回代わりに打ってくれればいいって言われただけだし!」
「でも結局全部の回入ってたじゃない」
「・・・うっ。だって・・あいつらなかなか勝てなさそうだったから」
「・・あんまり、お人好しすぎるのもどうかと思うよ」
「いいんだよ!俺が楽しいから!そういや今度たっくん達の試合にも出る予定なんだ」
「拓海の?」
「うん!隣町の中学校と野球やるんだって!」
「拓海に頼まれたのか?」
「違うけど・・たっくんにかっこいいところ見せたいじゃん!だから助っ人するよって言ってみた!」
「中学生の試合に高校生が出たらダメじゃない・・?」
「公式の試合じゃなくて遊びだって言ってたよ」
それを聞くと栄二はため息をつきながらもクスリと笑った。
「まぁ、時臣なら中学生にも見えるけど・・」
「あっ!馬鹿にしてる!」
「ははっ、嘘だよ。でも、怪我しないように気をつけて」
「おう!栄二の弟のために一肌脱ぐよ!」
「・・ありがとう、時臣」
栄二は微笑みながらそう言うと、パタンと教科書を閉じた。
時臣とは小さい頃からの幼馴染だ。
同じ漁港の町で生まれた。
初めて海で泳いだ日、戦争が終わったことを知った日、勝手に船を動かそうとして怒られた日、どんな時もずっと一緒だった。
高校生になった今も何も変わらず、時臣は明るい笑顔のまま隣にいる。
変わったのは栄二の時臣への感情だけだ・・
「栄二!お腹空いてない?コロッケ食べて帰るか?」
「お腹空いてるのは時臣の方でしょ。別に寄ってもいいけど」
「やった!!」
時臣は握り拳を高く突き上げて喜びを表す。
明るくてお人好し。困っている人を見れば声をかけ、自分のできることで助けようとする。
そうやって誰彼構わず優しくする時臣が、昔から大好きだったが憎らしくもあった。
自分だけを見ていてほしい。自分だけに優しくしてほしい。
その想いは月日が過ぎる度に重く大きくなっていく。
そして・・
「時臣、好きだよ。お願いだから恋人になってほしい」
そう言って言葉で縛り付けることにしたのは十七歳の夏だった。
学校からの帰り道。暑いからと、駄菓子屋でアイスを買って美味しそうに食べていた時臣の手が止まる。
「え・・・どういうこと?栄二」
時臣は大きな黒い瞳をパチパチとさせながら聞いた。
「そのままの意味。時臣のことが好きだから恋人になりたい・・」
「恋人って・・今のままじゃダメってこと?」
「うん・・もし恋人が無理なら、もう時臣とは一緒にはいられない・・友達のまま側にいるのは辛いから」
「っ!?なんで?なんでそんなこと言うんだよ?俺嫌だよ!?」
ガシッと腕にしがみついてくる時臣を栄二はジッと見つめる。
それからそっと手のひらで時臣の頬を撫でながら言った。
「じゃあ、恋人になってくれる?」
一瞬、ヒュゥと時臣が息を飲む。それからゴクリと喉を鳴らすと小さく頷いた。
「・・・それで、栄二といられるなら・・」
その様子を見て栄二は口を綻ばせて微笑んだ。
「・・ありがとう、時臣」
本当に、お人好し。
どう言えば時臣が自分のものになってくれるかなんて手にとるようにわかる。
ずっと、小さい時から一緒だったのだから。
それから、時臣は慣れないながらも恋人でいようとしてくれた。
最初はぎこちなかったキスも、回数を重ねていくうちに自然な流れでできるようになった。
「っふ・・栄二・・」
歯の裏をなぞられて、時臣は甘い声色で栄二の名を呼ぶ。
「くすぐったい?」
「っつ・・うぅん」
時臣の舌を絡め取るように音を立てて口付ける。それからそっと唇を離すと、真っ赤な顔をして時臣が睨んできた。
「もう!栄二やりすぎ!」
「はは、時臣が可愛くて」
「嬉しくない!」
そう言って口を膨らませながら時臣はプイっとそっぽを向いた。
幸せな時間だった。
それは、きっとこの先もずっと続くと思っていた。
何があったって時臣と一緒にいられればそれでいい。
そう思っていた。
でも・・
ーーー
っ!!
明るい蛍光灯の光が目に飛び込んできて、要はガバリと身体を起き上がらせた。
額や首筋は汗がびっしょりだ。
「あっ・・起きた?大丈夫?」
顔を上げるとトキが不安げな顔で見つめている。
「・・ここは?」
まだぼぅっとした頭で周りを見回す。白い壁に床には小さなローテーブル。それに奥にはこじんまりとしたキッチンが見える。
「あっ、ここ俺の家・・お店の寮だから本当はあんまり人を入れちゃいけなんだけど・・その、急に眠っちゃったから・・」
「えっ・・」
要は頭を手で抑えながら考える。
一体自分に何が起こったのか・・トキとご飯を食べに行って、そしたら変な男に絡まれて・・それから・・
「あっ、あの!」
要が無言で考えていると、トキが要の座っているベッドに腰掛けて言った。
「君は・・要、君?」
「えっ、何言って・・」
そこまで言って、要はハッと口を抑えた。
思い出した。
あの時、いきなり自分の体と意識がプツリと切り離されたような気がしたのだ。
誰か別の人間に自分の体と意識を使われた・そして・・
要は目の前のトキをジッと見つめる。
それからゆっくり口を開いた。
「・・あんたの本当の名前は、時臣?」
トキは目を見開いて息を飲む。それからその瞳を潤ませながら小さく頷いた。
「うん・・・」
要はまだはっきりとはしない頭で考えながら言った。
「・・・俺、あんまりファンタジーとか興味ないし、生まれ変わりとかそういうのも信じてない・・・でも、俺の中に誰かいた気がするんだ」
「・・うん」
「多分・・今そいつの夢を見てた気がする・・名前は・・」
「「栄二」」
二人で同時に同じ名前を呟く。
要はパチパチと瞬きをしながらトキを見つめた。
「栄二は・・俺の幼馴染で、大切だった人・・」
トキの瞳には涙が浮かんでいる。
「昨日、要君を見た時・・栄二に目元が似てるなって思った。すごく、懐かしい気持ちになって・・だから、もう少し一緒にいたくて・・その、ご飯誘ったんだ・・」
「・・・」
「それに、今日要君の地元の話を聞いてたら、俺の昔いた町の話を聞いてるみたいで・・すごい偶然だなって驚いてたんだよ・・」
トキは儚げな笑みを浮かべる。
「・・あんたは、一体・・」
胸の鼓動が早い。要は手のひらに汗をかいていることに気がついて両手を握りしめた。
「俺の名前は水口時臣。地元の町を離れたのは18歳の頃。今からもう・・・70年くらい前になるかな」
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