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第5話 時臣①

一番古い記憶はなんだろう。 もうずっと、昔の話だ。俺にもただの子供の頃があった。 戦争から婚約者が戻ってきた従姉妹が、晴れて結婚式を挙げることになった。 二人とも嬉しそうに泣いていた。 まだ小さかった俺はそれがどれほどの喜びかなんて想像もできず、並べられている祝い菓子はいつもらえるのかばかり考えていた。 「栄二!見て見て!」 両手いっぱいにお菓子を抱えて、海岸沿いの古い小屋の中へ入っていく。 「時臣、もう終わったの?」 小屋の中にいた栄二が驚いた様子で顔を上げた。何か本を読んでいたようだ。栄二は本が好きでいつもここで何か難しそうなものを読んでいる。 「うん!まだお父さん達はお酒飲んでるけどね。それより見て!お菓子こんなにもらった!一緒に食べよう!」 「俺ももらっていいの?」 「いいの!いいの!親戚で子どもなの俺くらいだからさ!みーんなお菓子俺にくれたんだよ!」 時臣はそう言うと、紅白饅頭を一口でパクリと食べた。 「絹枝ちゃんのお嫁さん姿、俺も見たかったな。綺麗だった?」 栄二は饅頭を一つ手に取り時臣に聞いた。 「うん!真っ白な着物着てさ!いっつも遊んでくれる絹枝ねえちゃんとは違う人って感じだった!」 「そっか・・好きな人とずっと一緒にいれるなんて幸せだよね」 「ふ〜ん?俺はよくわかんないなぁ」 時臣は和紙に包まれていた金平糖を何粒か口へ放り込みながら首を傾げる。 「ふふ、そのうち時臣もわかる時が来るよ」 栄二は微笑みながら饅頭を頬張った。 この古い小屋は二人の隠れ家だ。海岸沿いの中でも端の目立たないところにポツンと建っている。 昔は漁から帰ってきた時の休憩所として使われていたらしい。使われなくなってからは、ただ床と窓があるだけの小屋になったがそれが時臣と栄二にはちょうどよかった。 二人で持ち寄ったおもちゃや本、お菓子で中を埋め尽くす。 そうやって二人だけの空間を作った。 「そういえば・・拓海がここに来たがってるんだ」 「え?」 「時臣、ここのこと話したでしょ?」 「あっ・・そうそう!この間ちょうどここに来る途中でたっくんに会ってさ。『どこ行くの?』って聞かれたから『秘密の場所に行く』って言ったんだけど・・」 「その後、家に帰ってきた拓海に兄ちゃんはその秘密の場所知ってるのか?って聞かれたんだよ。それでここのこと話したら拓海も来たいって」 「そっかぁ・・じゃあ!今度たっくんも連れてこよっか!」 時臣がそう言ってニコリと笑うと栄二は少しムッとした顔で黙る。 「どうしたの?栄二」 「・・なんで?」 「え、なんでって何が?」 時臣は質問の意図がわからず聞き返す。 「なんで、時臣はそんなこと言うの?」 「なんでって、だってたっくんが来たがってるんでしょ?たっくん、栄二のこと大好きだからきっと栄二の行く場所に一緒に行きたいのかなって・・」 「・・それは・・・そうかもしれないけど・・」 栄二はそこまで言って、掌をキュッと握り締める。そして小さな声でボソリと言った。 「・・・ここは、俺達の隠れ家でしょ・・」 「へっ?」 「だから・・・ここは俺達だけの場所だから。俺は・・俺達以外が入るのはおかしい、かなって・・」 「・・・」 時臣はポカンと口を開けていたが、その言葉を聞いてすぐにポンポンと栄二の肩を叩いた。 「そっか!わかった!うん!じゃぁここは俺達以外禁止で!その代わりたっくんも入れる隠れ家を今度一緒に作ろうよ!」 「え・・」 「ここは俺達だけの場所なんでしょ!だから別の場所でたっくん入れて3人だけの隠れ家も作ろう!」 「・・時臣」 「ね!」 「・・・うん」 栄二はコクンと頷くと、安心したような顔でもう一つ饅頭に手を伸ばした。 栄二と拓海は仲の良い兄弟だ。三つ離れているが、喧嘩はほとんどしたことがないらしい。 栄二は拓海に甘く、拓海のわがままやお願いを断れない。だからきっと・・今回のことも、栄二は自分から断る決断ができなかったのだろう。断ることで拓海を傷つけてしまうことを恐れている。 だから、時臣の言葉を待っていた。 時臣が『俺達以外禁止』だと言うのを・・ けれど・・ 時臣もまた栄二が断った事で二人が気まずくなってしまうのは嫌だった。だから代わりの提案をした。 拓海が栄二に懐いている姿を見るのが時臣は好きだった。

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