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第5話 時臣④

「時臣、最近どうしたの?」 季節が秋に変わり始めた頃。 学校からの帰り道、栄二が不安そうな顔で聞いてきた。 「えっ?何が?」 時臣はドキリとしながらも平静を装った顔で聞き返す。 「何がって・・最近いつも一人でどこかにいっちゃうでしょ?隠れ家にも来なくなったし・・」 「・・あっ、それは・・その・・」 時臣が言葉に詰まっていると、栄二にグイッと腕を引っ張られる。 「わっ!?」 時臣はポスンと栄二にぶつかり彼の腕の中に収まった。 それから栄二はボソリと言った。 「時臣・・今日俺の家来ない?」 「えっ・・・」 「今日、誰も家にいないから。両親は町内会の集まりに行くって言うし、拓海も部活で遅くなるみたいなんだ・・」 「・・・それって・・」 「・・時臣、だめ?」 時臣の心臓がドクドクと音を立てている。それと同時に栄二の心臓の音も密着する体に響いているのを感じた。 あの日からずっと、時臣は猫を探して早く元の身体に戻ることばかり考えていた。 栄二と一緒にいるためにも・・そう思っていたが、栄二には時臣が離れていっているように感じたのかもしれない。 栄二を不安にさせてしまった・・ 時臣の心がチクリと痛んだ。 「・・うん、いいよ」 時臣はもぞもぞと栄二の腕の中から顔を上げると、小さな声で返事をした。 栄二の家は、この辺りでも一二を争うほどの大きな家だ。 広い庭があり、家業が植木屋なだけあって丁寧に手入れがされている。 小さい頃はこの広い家で隠れんぼや鬼ごっこなどをしたものだった。 「お邪魔します・・」 挨拶をして玄関から入ると、栄二の言った通り誰もいないのかシンと家の中は静まり返っている。 「もう母さん達でかけたみたいだね」 栄二が後ろ手に玄関の扉を閉めながら言った。 「時臣、俺の部屋に行こう」 「・・・うん」 時臣は跳ねる心臓の音を落ち着かせるように、胸に手を当てながら栄二の後ろを歩いて行く。 何回も来ている場所なのに、足元がふわふわとして落ち着かない。 栄二の部屋に入るとさらに落ち着かなくなり、普段だったら何も考えずに部屋の真ん中にドンと座るのに今日はただソワソワと立ったままエイジの出方を窺った。 「・・時臣、緊張してる?」 栄二はそっと時臣の頬に手を当て顔を覗き込む。 「へっ!?」 時臣は真っ赤になりながらビクッと固まる。 「・・大丈夫だから。怖かったら言って?」 「・・栄二・・・」 頬に当てられた栄二の手が微かに震えている。栄二も緊張しているのだ。 時臣は自身の手を栄二の掌に重ねると、小さく頷いて言った。 「俺、栄二のこと信じてるから。大丈夫だよ」 ーー ピチャリと聞き慣れない水音と一緒にビクリと全身が震えた。 汗でも涙でもない体液が、栄二の手によって身体から溢れてきている。 「っつぅ・・ん・・あっ・・」 「・・大丈夫?時臣」 「ふっ・・ぅん、だい・・じょうぶ・・」 栄二の長い指が、時臣の後孔の中をゆっくりとかき混ぜる。その度に時臣は自分でも驚くほどの甘い声をあげた。 栄二のひいた布団の上にコロンと寝かされた時臣は、栄二の枕に顔を埋めながら与えられる快感に肩を震わせる。 最初は制服を着ていたはずなのに、気がつくとシャツ一枚を羽織った状態になっていた。そのシャツも肩からスルリとはだけていて、辛うじて腕で止まっているだけだ。 下半身は全て曝け出されている。 恥ずかしくて何度も足を閉じようとしたが、すぐに栄二の手によってそれは阻止された。 「もう・・平気かな」 栄二はそう言うと時臣の中に入っていた指をゆっくりと引き抜く。 「ぁっ!・・」 その感覚にも思わず反応してしまう。自分はこんなにも快楽に弱かったのだろうか。 恥ずかしさと気持ちよさで時臣の瞳には涙がじわりと滲んだ。 「・・・挿入るね」 栄二のその声と共に、自分の窪みに熱いものが充てがわれるのを感じた。 思わずひくりとそこが疼く。 「ぅ、うん・・」 時臣が小さな声で返事をすると、ズズズッと栄二のものがゆっくりと動き始めた。 時臣は自身の中が栄二の熱で埋め尽くされるのを瞼をギュッと閉じながら受け入れる。 「ぁっ・・・ぅん・・」 「・・はぁ・・とき、おみ・・」 「ぅ、ぅん・・・あっ!」 ズンと最奥を打ち付けられるのを感じて思わず大きな声が出る。 「・・・いたく、ない?時臣・・」 「うん、大丈夫・・」 栄二が不安にそうに聞いてきたので、時臣は栄二の頬に触れながらニコリと笑って言った。 やっと・・栄二と結ばれた。 好きの種類が変わったのはいつからだろう、なんて考えていたけれど・・本当はきっと、最初から何も変わってなんていない。 ずっと、栄二と一緒にいられることが何よりも楽しくて幸せだった。 この気持ちに最初から種類も形もなかったのだと思う。 『好きな人とずっと一緒にいれるなんて幸せだよね』 小さい頃、従兄弟の絹枝ちゃんの結婚式の時、確か栄二がそう言ったっけ。 その時はわからなかったけど、今ならわかるよ。 それは本当に・・奇跡のような幸せだ。 何も変わりなく永遠に・・一緒にいられたら。 一緒にいられたら、よかったのに・・・ー・ 時臣の瞳から涙がポロポロとこぼれ落ちるのを見て栄二はハッとして動きを止めた。 「時臣?!ごめん、やっぱり痛い?」 栄二が慌てながら時臣の涙を手で掬う。 「ううん、大丈夫だよ。全然痛くない・・」 時臣は泣きながらも笑って言った。 「本当に・・全然、痛くないんだ・・」 栄二が与えてくれるものならば、快感だけじゃなく痛みだって嬉しいのに・・ でも・・もうそれは無理なことなのだろうか・・ーー ーーー 故郷の町を出ると決めたのは、高校を卒業してすぐのことだった。 結局、あれから黒猫には会えず、病気も怪我もしない奇妙な体は元に戻ることはなかった。 もしかしたら、うまく隠し通せるかもしれない。 そう何回も思ったが、それと同時にもしバレた時はどうなるのだろうという不安が消えなかった。 実際、あの日の頭の怪我を見てくれたお医者さんは、会うたびに不思議そうに自分を見てきた。 親に頼み込み、遠くの町で職を探して暮らすことに決めた。誰も自分を知らない町だ。 栄二には手紙を出そう。心配かけないように。 そしてこの身体が元に戻ったらまた、この町に戻ってくるんだ。 栄二の元に・・・堂々と・・ ーーー 「・・・」 要は、ポカンと口を開けたままトキの話を聞いていた。 あまりにも現実味がない話で、最初はトキの妄想話を聞かされているのかと疑いたくなるほどだった。 しかし・・ 「要君?ごめんね、長く話しすぎちゃって」 トキが申し訳なさそうに要の顔を覗き込む。 「・・いや、大丈夫・・」 ジッとトキに見つめられて要は思わずフイっと目を逸らしてしまった。 『栄二』との話を思い出すと何故だか胸の辺りがチリチリと疼く。 「あの・・やっぱり信じられないよね、こんな話」 そう言いながらトキは眉尻を下げて微笑んだ。 「自分で話していても、そんなことあるわけないだろって思うし・・いきなりこんな話されても、要君も、その・・困るよね」 トキは要の様子を伺うようにチラリと視線を向ける。 要は一呼吸おいてから、ごくりと喉を鳴らすとゆっくり口を開いた。 「その・・怪我や病気をしない体になったっていうのは・・さっきのことがあるから、本当にそうなんだなと、思う・・」 「え・・・」 「ただ、そうなった原因が喋る猫とかっていうのは、まだついていけてない、かも・・」 「あはは、そうだよね。俺だってあの猫は幻だったんじゃないかって思っちゃうもの」 トキはニコリと笑って言った。 要はそんなトキを見てぎゅっと掌を握る。 汗が滲んでいるのがわかった。緊張しているのだ。 しかし、このことは言わなくてはいけない。それはトキの話を聞き始めてからずっと思っていたことだ。 「・・俺はあんたの話を信じるよ・・」 「・・え?」 「ー・・俺の祖父の名前は・・」 そこまで言って、少し声が掠れる。 要はペロリと乾いた唇を舐めて言葉を続けた。 「『拓海』だから・・」 ーー そうだ・・祖父はよく話してくれた。 小さい頃、隠れ家を作って遊んでいたと・・・ そして俺も・・その話を聞く度に『隠れ家にはあれが置いてあった方がいい』だとか『次作るならどんな場所に作るか』を祖父と楽しく話していた。まるで、よく知っているもののように・・ 隠れ家なんて一度も作ったことなどなかったのに・・

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