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第6話 帰郷①

三月の海風はまだまだ冷たい。 要はチェスターコートのポケットに手を入れたまま水平線をぼうっと眺めた。 「あれ?相楽君?」 後方でキキッというブレーキ音がした後、名前を呼ばれ要は振り返る。 「・・三石?」 ダウンを着た小柄な女性が自転車に乗ったまま目を丸くして要を見ていた。 「えっ!どうしたのその髪!?びっくりした〜!」 「最近染めたんだよ。それより久しぶり。こんなところで何してるの?」 「今から遊びに行くところ!てか相楽君!成人式こなかったでしょ!?みんな相楽君に会えるの楽しみにしてたのに!」 「バイトが忙しくて・・」 「えぇ〜!一生に一度の成人式だよ!普通休ませてくれるでしょ!?」 三石はそう言うとプクッと頬を膨らませる。 彼女は昔からリアクションがオーバーで声が大きい。変わっていないなと、要は思った。 「お正月帰ってきたからいいんだよ。その時家族とは写真撮ったし」 「そういうことじゃないでしょ!同窓会だってあったんだよ?」 三石は肩を下げて呆れたように言ったが、思い出したように「あっ」と声を上げた。 「ねぇ!今から一緒に来ない!?ちょうどりっちゃんとヒロ君と遊ぶんだけど!なんなら他にも声かけるし!」 「ごめん、こっち着いたばっかでまだ家にも帰ってないんだ。これから行かないと」 「え〜そっかぁ。残念だなぁ〜・・じゃぁ他の日に集まろうよ!今大学春休み中でしょ?いつまでこっちいるの?」 「悪いんだけど、明後日には帰る予定だから・・」 「えぇ〜!!」 三石が大きな声で落胆を表す。 「本当ごめん。じゃぁ、また」 要はそう言うと、三石がいる方向とは反対の方へ歩き始めた。 後ろから「も〜!」と三石が何か言っているのが聞こえる。しかし要は足を止めることはしなかった。 あまり大騒ぎはしないでほしいと要は周りに目をやる。 狭い町だ。誰がどこに進学したか、就職したか、いつの間にか広まってみんなが当たり前のように知っている。 明日の今頃には『相楽さん家の要君がすごい髪色になっている』なんて噂が広まっていることだろう。 きっと、昔はもっと濃い近所付き合いをしていたにちがいない。 たしかにこんな町で、『普通』ではなくなった自分を隠すのは苦しいことかもしれないなと、要は思った。 海岸沿いをゆっくりと歩いて行く。 小さい頃から見慣れた風景だ。 しかし・・最近ではその記憶が怖く感じることがある。 小さい頃に見た風景なのか、昔の記憶で見た風景なのか。 生まれ変わり・・正直、そんなファンタジーな話は信じられない。 自分は相楽家で生まれた『相楽 要』だ。ちゃんと小さい時からの記憶が今の自分に繋がっている。それは間違いないのだ。 トキの話を聞いていた時も、全く知らない不思議な物語を聞かされていたような気もすれば、無意識に忘れていた記憶の破片をかき集めていたような気もする。 栄二のことを知っている。でもその存在はあやふやで、まるで夢の中で別の人物になっていたような、そんな気分だった。 しかし・・トキと出会ってから変化したことがある。 時々、夢か幻のように知っているようで知らない記憶を思い出すのだ。 それは一瞬ふと頭の中に湧き上がり、しかしすぐに消えてしまう。 見たことがあるようで見たことがないはずの町並み。 会ったことがあるようで会ったことのない人。 その一瞬の幻が見えるたびに、やはり本当に自分は『栄二』の生まれ変わりなのかもしれないと思ってしまう。 トキはこのことをどう思うっているのだろう。 聞きたい気持ちはあったが、要はそのきっかけをつかめずにいた。 海岸沿いの端っこまで来て要は足を止めた。 キャップを深めにかぶったトキが堤防の上に座って海を眺めている。 「・・・」 その姿に、要は一瞬別の姿が重なって見えた。 黒の学ランに学生帽子をかぶって、楽しそうに笑う『時臣』の姿だ。 要は慌ててゴシゴシと目を擦る。 もう一度見てみると・・そこにはトキが先程と変わらない姿勢で座っていた。 「・・・トキ」 要は恐る恐る声をかけた。 「あっ、おかえり!」 トキは要に気がつくと笑顔で応える。 その様子に要は胸を撫で下ろした。 自分が知っているのは『こっち』のトキだ。 「・・無くなってたよ。トキが言ってた隠れ家」 「・・・そっかぁ・・」 トキは少し残念そうに笑った。 「そりぁ、あの頃からボロかったんだからあたり前だよね。ありがとう要君。見てきてくれて」 「・・やっぱり、トキも一応確認してきたら?もしかしたら俺が見落としてるかもしれないし」 「うーん・・」 トキは笑いながら首を傾げる。 「・・もう少し、決心がついてからでもいいかな・・」 「・・ん」 要はその場を動こうとはしないトキを堤防の下から見上げた。 ーー

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