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第6話 帰郷②
トキに、この町に戻ってみないか?と聞いたのはあの話を聞いてから少ししてのことだ。
あの日、気がつくと外が明るくなっていて一晩中話していたことに気がついた。
さすがに眠気も強くなっていた二人は仮眠をとり、要はそのまま大学へと向かった。
しかし授業を受けていてもトキの話がずっと頭から離れない。
要は祖父『拓海』のことを思い出した。
祖父とよく話すようになったのは同居するようになってからだ。
厳しいところもあるが、優しい人だった。
祖父は植木屋をやっていて、家の広い庭にある納屋には仕事で使う道具がしまってあった。小さい頃はそこにこっそり入ろうとすると叱られた。
要が中学生に上がる頃、祖父は植木屋を辞めた。身体を壊したからだ。跡継ぎはいなかったが、祖父の元で学んだ弟子が祖父の仕事を引き継いでくれた。
仕事を辞めてからは、祖父は墓参りに行くことが多くなった。
お墓は山を登ったところにあり、祖父一人では心配で要も一緒に付き添った。
あの頃は何も考えずにお参りしていたのだが、あのお墓に眠っていたのは・・もしかしたら・・
そんなことをぼんやりと考えていたら、机の上に出していたスマホがブブッと振動音を上げた。
チラリと画面を見ると、トキからメッセージが入っている。
朝、別れ際に連絡先を交換したのだ。
見ると「体調は大丈夫?」という要の体を気遣うメッセージだけが書かれていた。
要は「大丈夫」と短い返事を打つ。
するとすぐにまたスマホが振動し、「よかった」とだけトキからメッセージが入った。
しかしそれ以降はパッタリとトキから連絡がこなくなった。
要も他愛もない会話をメッセージ上でするタイプではないので、用事もないのに何かメッセージを送ることはしなかった。
それでも、トキのことを考えない日は一日もなかった。
そして何より、要は聞けずに終わっている話の続きが気になっていた。
トキは結局あの町に戻ったのか。栄二とはどうなったのか。
何か自分でも思い出せるのではと考えてもみたが、何も出てこない。
トキに直接聞いていいのだろうか。その迷いもあって、要は何も送れずにいた。
そんな時だった。
実家の母から、祖父の法事があるから戻ってこいとの連絡があった。
要の大学の春休み期間中にやるらしい。
地元に戻ったら何か思い出せるかもしれない・・
要はこの機会を逃してはいけないような気がした。
そしてきっとあのお墓に行くのだろう・・
なら・・
「一緒にあの町に戻ってみないか?」
要は意を決してトキにメッセージを送った。すぐに既読にはなったが返事はこない。
結局それから二日後に「行きたいです」とだけ短い返事が送られてきた。
返事を返すまでの二日間、トキは何を考えていたのだろう・・要は気になったが聞かないようにした。
「祖父の、法事があるんだ」
そのことを伝えたのは地元へ戻る新幹線の中でだった。
「え・・」
トキは目を丸くして要を見つめる。新幹線の中だというのに、トキはキャップをかぶったままだ。
「言ってなくてごめん。拓海じいちゃん、二年前に亡くなったんだ」
「・・そう、なんだ・・」
トキの瞳が寂しそうに揺れる。
「たっくん、もういないんだね・・」
トキは俯いて手のひらを握りしめた。肩が震えている。涙を堪えているようだ。
「・・・」
要はその様子を見て、トキのキャップのつばの部分をグイッと下に押し込んだ。
キャップが下にさがり、トキは目の当たりまで隠れる。
「わっ・・」
トキは驚いて一瞬要の顔を見ようとしたが、要は反対方向を向いて目を合わせないようにした。
「・・・」
トキは小さく「ありがとう」と呟くと、少しの間静かに肩を震わせた。時々鼻を啜る音も聞こえてくる。
要はただじっと黙って横を向いていた。
それから少しして、トントンと要は肩を叩かれた。
「要君、もう大丈夫。こっち向いて」
いつものトキの明るい声に呼ばれ要は振り返る。
まだ鼻先は赤かったが、トキはニコッと笑っていた。
「へへ。お騒がせしました」
「いや、別に・・」
要は何か気の紛れる話題をふろうと、トキに声をかけた。
「あのさ・・いつまでそのキャップかぶってるの?」
「えっ?」
「帽子。新幹線の中だし、取れば?」
「・・あっ、いや。これは・・」
トキは少し言いづらそうに言葉を濁す。
「その・・あんまり、取りたくないんだ」
「・・なんで?」
「・・誰かに、顔を見られるのが怖くて・・どこかで会ったことがある人に偶然見られて、なんで昔と同じ姿なんだって・・思われたら気味悪がられるでしょ?」
「・・・」
「だから、昼間外を歩く時はいつも帽子をかぶってる。なるべく深めに顔を見られないように。普段も夜以外はほとんど出歩かないようにしてるんだ。昼は明るくてよく顔がわかるから・・」
「・・そう、だったのか」
まさかそんな理由で帽子をかぶっていたなんて。
要は話題の振り方を間違えてしまったことを後悔した。
「あっ!でも俺そもそもキャップ好きなんだ!だからかぶってるってのもあるよ」
要が黙ってしまったことを気遣ってか、トキが明るく言う。
「夏はいっつもかぶってたな。日差しが強かったよね、あの町」
「・・そうだな」
要は視線を落としたまま答えた。
簡単に誘ってしまったが、自分はとんでもないことをしてしまったのではないだろうか。
彼が抱えているものの重さを十分の一も理解していなかったかもしれない。
「・・久しぶりに帰るから、緊張するなぁ」
トキは口元に笑みを浮かべながら、視線を下げた。
「・・どれくらい、帰ってないんだ?」
「・・・どれくらいかなぁ。誰か知ってる人に会うのが怖くて、ずっと行かないようにしてたから・・」
「・・でも、今回は・・来る気になったんだろ?」
「うん。なんでかな、要君がいてくれるなら大丈夫な気がしたんだよ」
「えっ・・」
要はそう言われて、トキを見つめた。トキはへへっと笑ったが、その後は何も話さなず窓の景色に目をやる。
過ぎていく風景が以前見たものと違うのか、時々目を丸くしてはその後寂しそうに外を見つめた。
きっと、何年も。いや、何十年もあの町には帰っていないのかもしれない。
住んでいる人の顔ぶれが変わり、馴染みの店や建物がなくなっていく。
変わり果てたその町に、自分が存在していたと確証を持てるものはもう見つからないかもしれない。
トキはそんな不安を抱えているのではないだろうか。
少しでも、そんな気持ちを取り除いてあげられたら・・
「・・トキ」
要は小さな声でトキの名前を呼ぶ。
「なに?」
「・・俺に、何かできることないか?」
「え?」
「何か町で俺がトキのためにやれること・・」
「・・・」
トキは一瞬何かを考えるのに黙ったが、すぐに「じゃぁ・・」と言葉をつづけた。
「隠れ家、見てきてくれないかな?」
「えっ・・隠れ家・・?」
「うん。この間話した隠れ家。まだ、あのボロい小屋はあるのかな・・」
「自分で・・見に行かなくていいのか?」
「・・自分の目で、確かめるのが怖くて・・要君に見てきてもらえたら、嬉しいな・・」
トキが眉を下げて微笑む。
笑っているが不安そうな表情だ。
要はそれを見て「わかった・・」と小さく頷いた。
トキが町に戻って来れたことで、何かが変わればいい。
彼の中におそらく残っている様々な想いも・・
彼にはこんな寂しそうな笑顔は似合わない。それを俺が変えられたらいいのに。
そこまで思って、ふと要は手のひらを見つめた。
今の感情は、自分のものか、栄二のものか。
どちらだったのだろう・・
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