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だからと言って自分には関係のない話。
母親の押し付けに辟易としながらも、表には出さずに「行きません。私はこの界隈に深く関わる気なんてないので……」と断った。
しかし、そんなので引き下がる訳もなく、母親の麗子は椅子から静かに立ち上がる。
「行ってきなさい。嫌なら今すぐに大学を辞めさせてもいいのよ?」
「それは困ります」
断ったからと言って麗子の意見が変わると端から思っていないかったが、案の定だった。
それどころか脅しをかけてくるのだから、俺の苦手なあの人の親の子だと肌で感じる。
それに大学を辞めさせられるなんて口からの出任せではなく、麗子なら本当にやりねない。その例として俺が小学生の時、仲が良かった友達と塾が一緒でその話をしたら、その子の家柄まで調べ上げて自分の子と関わるのに相応しいくないと判断した母親は、容赦なく別の塾に通わされ、友達と離れてしまったことがあった。
「分かりました。今回だけです」
結局歯向かってまで自分の意思を曲げない精神がなかった大樹は、麗子の言うことに聞く以外この場を収める方法はなかった。
こういうとき、律仁だったら自分の意思を尊重した行動をとるんだろとぼんやりと思っては、麗子が返事を聞くなり表情が和らいだので安堵した自分もいた。
用事が済めば長居は無用なので、麗子に「俺はこれで…」と挨拶をして部屋を出て行こうとすると、背後から呼び止められた。
「大樹さん、お食事はされていかないの?」
「要りません」
「そう、残念ね。折角、|宏明《ひろあき》さんが帰ってくるのに」
宏明…という名前を聞いて身体がぶるっと震え上がった。出来れば会うのを避けたい人間。
「私は兄さんを許す、麗子さんが理解できないです」
母親がどう思っているのか返事を聞く前に大樹はコートを手にして部屋を出た。御立腹であろうと思うが大樹の正直な意見だった。
藤咲の家にあんなことをした兄を許す母親。言葉の通り、俺は実母の行動が理解できなかった。いや、しようとすら思わない。
大樹は深く溜息を吐くと廊下を歩き、階段を降りた。降りた先で人の気配を感じ、玄関先の方へ目線を向けた途端に全身に緊張が走った。
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