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茶色く後ろで括ってある長い髪に綺麗に整えられた無精髭。丸メガネ、消し炭色のタートルニットにキャラメル色のジャケットコート。兄の宏明が丁度、履物を脱いで家へと上がってこようとしていた。 大樹は階段の中段から一歩も動けずに立ち止まっていた。自然と拳が握られ、手に汗が滲む。向こうは此方の存在に気がついたのか、 目線がかち合うと「ああ、大樹か」と眉を下げて微笑してきた。 大樹はそれに応えることなどせずに軽く会釈をすると、横切ろうと足場に階段を降りては靴を履くが、手首を掴まれ呼び止められてしまう。 「失礼じゃないか、実の兄に挨拶もなしに出ていくつもりかい?」 手首に宏明の細い指が絡み、力強く掴まれる。見かけによらず握力が強いのか、折れそうになるくらいの痛さだった。 昔からそうだった。兄は俺に対する態度だけで容赦ない。それは、兄にとって俺の存在が憎たらしくて疎ましく思っているからだ。 「兄さん、痛いです。無視したことは謝るので離して貰えますか」 大樹は顔を歪めながらも、宏明に向かってそう訴えると潔く離される。玄関先に立っている宏明と向かい合うと少し距離を置いて立つ。今も幼い時も変わらない俺を見る蔑んだ眼差しに押し負けそうになる。 「お久しぶりです。母さんと食事ですか?」 「ああ、たまには親孝行しないとね。母さんは唯一の俺の理解者だから」 兄の素行の悪さに厳しい父親と兄はよく出来た息子だと甘やかす母親。そして、その母親の甘さに漬け込んでいる兄。 律仁のライブの日に全てを知った。 音信不通で行方を眩ましていたはずの兄は、実は俺達の知らないところで母親に内緒で援助をしてもらって生活をしていたということ。 そして、ピアニストとして芽が出なかった宏明はピアニストの道を諦め、母親の繋がりで優秀な調律師の元で修行をしていたということ。大樹は全て麗子と藤咲の母親から事情を聞いた。

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