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「アイツには関わらないでもらえますか」 宏明にしても俺にしても藤咲にとって悪影響なことは変わらない。本人に直接突き放されたのだから、これ以上藤咲の傷を抉るような真似をするべきじゃない。周りに仲直りを推薦されたとしても、藤咲との間にある溝は深すぎて、埋めることなんて容易いことではなく、傷口に塩を塗るようなもの。 そんな藤咲が拒絶している気持ちを知っているだろう兄の卑劣な発言。せめて近づこうとしている宏明から藤咲を遠ざけたい気持ちでいた。 宏明は少し腰を屈め、眉を顰めて顔を近づけてくる。鋭い眼差しと近距離でかち合い、逃げたい衝動に駆られた。 顔を逸らしても、目の前からくる憎悪に心臓が凍りつく。 「何?大樹は、また俺の邪魔するの?」 「……いや」 すると、宏明は大樹が手に持っていたヴァイオリンケースに目線を落とすと其れを蹴りあげて、ケースが床に横倒しに転がる。 幸いハードケースなので中身の心配は無いが、宏明の機嫌が悪くなったのは確かだった。 「へぇー大樹はまだヴァイオリン続けてんだー。懲りないね」 大樹は黙ってケースを取りに行こうと動こうとした所で腕を掴まれグッと更に引き寄せられる。先程と同様に入れられる力。 「昔から母さんにまで取り入ろうとするなんて目障りだ。さっさと辞めろよ」 別に取り入ろうとしている訳じゃない……。 そんな言い訳をしたところで兄にとって自分は目障りな存在に変わりないし、ヴァイオリンを続けていることも気に食わないのは分かってる。ただの当てつけだ。 「俺のやることに口出すようなら、今すぐその手首を折って弾けないようにしてやってもいいんだぞ」 母親の麗子が甘やかした兄の成れの果て。 自分が絶対正しい、気に食わなかったら実の弟だろうと平気で傷をつける。兄なら本当に自分の手を折るようなことをしそうで怖かった。 「兄さんの邪魔する気はないよ。ただ……藤咲が俺たちの事嫌ってるから……」 宏明は「それなら尚更、尚弥の脳裏から忘れなくさせたくなるよ」と言い残し、腕から手を離して鼻で笑うと階段を上がって行ってしまった。藤咲と仲直りすることも母親に納得してもらうことも、兄を阻止させるための発言力も自分にはない。 あんなに学校では後輩に慕われて、教授に優等生だと可愛がられていたとしてもこの長山家での自分の立ち位置は、家を出て行った兄よりも下位な事には間違いなかった。

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