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兄に連れられながら、部屋を後にするなり、 宏明が屈んできては同じ目線になる。 「大樹はほんと母さんに期待されてんだなー」と頭に手を置かれ優しく撫でてきたかと思えば、徐々に髪の毛を掻き回すほど荒くなり、仕舞いには頭を力を込めて掴まれた。ほんの数分前まで笑顔を崩さなかった宏明の口角が下がる。 頭が壊れそうになるほどの力量ではないが、笑っていない瞳と掴まれた手が恐怖心を与えてきていた。早くその手から逃れたくて、不安心からか宏明の手を抑えながら、引き剥がそうとするが、小学生の自分が思春期を過ぎた成人間近の男の力に叶う筈はない。 「ホント腹立つな、お前」 「兄さん、離して下さい……痛いです」 大樹が顔を歪め、目に涙を浮かばせたところで漸く手が離されたが、目の前の男に対する 恐怖心は消えない。 「いいか?大樹分かってるよな?気にかけてもらってるからってお前下手に賞とかとるんじゃねーぞ?」 幼少期からピアノをやっていた兄でも、入賞まで辿りつくのはほんのひと握りの狭き門で難しかった。あと一歩までコンテストで進むことができても入賞まで至れない兄を差し置いて、自分は小学生のうちからヴァイオリンで入賞して才能を開花していく。 そのうちに結果が全ての父親は出来がいい弟と出来の悪い兄と俺たちをそう選別し始め、兄に対して当たりが強くなっていった。 それを気の毒に思った母親は兄に対して甘やかし、宏明にとってはそれさえも面白くなかったのか、俺のことが妬んでいるのが幼い自分でも肌で感じる。そんなこともあり、母親にヴァイオリンを厳しく指導されながらも兄に威圧され、楽器に対する楽しさなかった。 「分かってるよ。お兄さんの邪魔はしないから……それに、僕は母さんに気にかけてもらってる訳じゃないよ……」 「分かってんなら真面目に練習なんかしてんなよ」 舌打ちをされ、悪態を吐かれながらも立ち上がった宏明は玄関先の方へと向かっていく。 大樹は拒絶反応からその姿を眺めるだけで、突っ立っていると「おい」とついてきていないことに気がついた宏明が怒鳴るように呼んできては、慌てて駆け寄った。

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