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救えなかったSOS
尚弥とのレッスンまでの時間は大樹にとっては胸が踊るくらいで、日々の麗子からの厳しい指導や兄の事など忘れるくらい唯一自分が音楽を楽しんでいる時間だった。
ある日、母親に常にヴァイオリンのケースを持っているよう指導を受けてから肌身離さず持っていたヴァイオリンを尚弥に指摘されて、尚弥の前で弾くことになった。
母親の前で弾くよりも緊張した。
この天才少年に比べたら賞は取れていても、秀でた才能を持っているわけじゃない。
尚弥の前ならず、ヴァイオリンを構える度に感じる完璧に弾かなきゃというプレッシャー。唾を飲み込んで息を吐いては意を決して弾いたヴァイオリン。弾いている尚弥の視線を感じながらも弾くことに集中した。
曲も中盤を迎えた頃、自分のヴァイオリンと共にピアノの音色が耳に届いて前方に目線をやると尚弥も一緒に弾いていた。
尚弥の笑顔と音色が「大丈夫、大丈夫」と自分を包み込んで支えてくれるようで、徐々に緊張が解されていく。
一緒に弾いていて凄く心地よかった。
弾き終えた尚弥は「大樹くんの音、とっても緊張してて、すごく悲しい音がしてたから、じっとしていられなくて僕も弾いちゃった。いつもの楽しそうな大樹くんがいい……」
奏者の気持ちは楽器に音となって伝達されてしまうとはよく言ったものだが、自分より年も下なのにしっかりした尚弥に全て筒抜けだった。
「うん、そうだね。でも君が途中から弾いてくれたおかげで少し安心したよ」
だから、いつも母親や他人の前で弾いているよりはフランクに弾けた気がする。尚弥が笑いかけてくれるから楽しいとさえ思えてくる。尚弥は「ほんと?」と目を輝かせては
「大樹くん、音楽楽しい?」と問いかけてきた。
「どうだろ……だけど尚弥くんと弾いてる時は楽しいよ」
「そっかー良かった」
大樹の返答で安心した尚弥はピアノから自分の方に座り直すと、自分のことについて沢山聴いてきたので沢山答えた。
日を重ねるにつれて数曲弾いたら雑談することの方が増え、好きなものの話、どんな暮らしをしてるのか…もちろん音楽よりも本当は天体に興味があることも気づけば尚弥には正直に話していた。
あることを除いては……。
自分たちが話している間に君の父親と俺の兄貴が…なんて伏せていること以外は……。
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