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意識などなく、自分の愚かさと尚弥の涙顔を何度も思い出しては、玄関先までたどり着いたと気づいたのは、待っていた高崎に声をかけられてからだった。「大樹様、どうしましたか?」と流石、母の側近なだけあって察しがいい。だからと言って、今あったこと、あの部屋で怒っていることをこと細かく説明する勇気はなかった。 ここで全て話してしまったら、また兄に何されるか分からない……。ましてや芸能界へのデビュー前の自分、マネージャーである|吉澤《よしざわ》という男に慎んだ行動を取るようにと口を酸っぱくさせて聞かされた。地雷を放り込まれたら、相方にも迷惑をかける。 しかし、あのまま見放すことが出来なかった大樹はほんの僅かでも彼を救う方法が浮かんでいた。 「高崎さん……尚弥くんの部屋に行ってあげてください……」 高崎は首を傾げながらも「しかし、宏明様には大樹様を送れと……」と言葉の意図を読み取れて居ないようだった。あくまで仕えである以上、主人、主人の家族に忠実な犬に違いない。そして大樹はその中でも優先順位では一番下位だ。 「僕は一人で帰ります。兄が具合い悪そうだったのが気になったので行ってあげてください」 ならばことの重大さを装うような嘘をつくしかなかった。案の定、高崎は「宏明様が……承知しました」と意識を宏明の方に向けてくれたが、「では大樹様車で少々お待ち頂けますか」と肩を抱いて車に促してこようとしたので、突っぱねた。今は誰とも居たくない……。 長山の関係者の誰とも……。 「僕は一人で帰りますと言いました。帰り道は大丈夫ですので、一刻も早く兄の元へ行ってください」 驚いて離された手を避けるように、大樹は足早に家から飛び出した。一分でも一秒でも早く尚弥から……兄から離れたくて足を早めた。 駅まではそう遠くはない、20分ほど歩いて電車に乗り込むと車内でずっと今後の事を考えていた。 尚弥への罪悪感と自分の弱さ。兄に対する恐怖心、あの家から全て逃げ出したい。長山の家に縛られるのはもう懲り懲りだった。 自宅に帰っては、真っ先に父親の部屋へ扉を叩くと芸能界入りと同時に、家を出ることを持ちかけた。最初はそう簡単に許してもらえないと思っていたが「歌やダンスに専念できる環境でいたい、やるからには本気でやる」などと意欲的なを見せると父親は、少し渋い顔をながらも許可をしてくれた。

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