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路上の彼
あと2週間ほどしたら、伊川先生主催のパーティに行かなければならないと思うと憂鬱だった。世界的に活躍しているという年齢は50代くらいの音楽家。国民的なイベントや有名映画やドラマの作曲を担当していたり名誉ある人のパーティに参加出来るなんぞ、業界の人からしたら光栄なことなのだろうが、大樹にとっては行く必要もない。
だが、作曲もしていると言っていた藤咲にとっては大先輩にあたる人。その人の主催ということは藤咲もいるのではないかと頭を過ぎったが、そもそも藤咲はこういう集まりに積極的に参加する方なのか疑問だった。
余りイメージでは無さそうだが……。
藤咲が現場にいた場合、自分は藤咲の目には入らないように注意を払うに越したことはない。自分が深く関わるべきでもないのに余計に考えてしまう頭を追っ払いながらも、自分の研究の参考資料を買うために大学近くの本屋に入ったのに、気づいたら伊川先生が出しているエッセイ本を手に取っていた。
憂鬱だと言いながらも、参加する以上下手に浮かないように、先方の情報くらいは頭に入れておいた方がいいだろうかと本をパラパラと捲っていると「大樹先輩」と聞き覚えのある声が自分の名前を呼んでいることに気づく。
声の方へと顔を向けると少し離れたところから一礼して、渉太が此方へと寄ってきた。相変わらずの小動物を連想させるような愛嬌のある顔に、性格が滲み出てるかのような柔らかい雰囲気。
律仁と関わるようになってからの渉太は本当に表情が豊かになったと思う。
俺と出会ったときは、全体的に表情が固くて笑顔というよりは苦笑いが多い印象だった。
なんとなく俺が近寄ると遠慮して身を引いているような距離を感じてはいたが、今思い返すと、渉太なりに悩んでたんじゃないかと捉えられた。
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