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律仁にこんな可愛い渉太の表情を見たなんて言ったら、言葉の綾ではあるが渉太への記憶を無くすような勢いで殴られそうなので心に留めておくことにした。 まだ週刊誌の一件から収まった方ではあるが、律仁は渉太のことになると己を忘れたかのように、本気になるので当たり障りのないように注意はしている。しかし、この間の藤咲との口論は冷や汗ものだったことを思い出した。 暫く深呼吸をして落ち着いてきたのか、色付いた肌は元の血色にもどり、渉太は漸く顔を上げた。 「あ、先輩……律仁さんと話していたんですけど、年明けたらキャンプに行きませんか?」 「キャンプ?」 「双眼鏡持って天体観測しましょうよ!」 「あーいいな、それ」 この時期にキャンプかーと思ったが、天体観測と聞いて大樹にとってはとても魅力的に感じた。それに渉太も律の話をしているときと負けず劣らずなくらい、キラキラと瞳を輝かせていた。 冬の天体観測は空気の透明度が高くなるから望遠鏡や肉眼で見るには綺麗だ。 渉太も観察よりも眺める方が好きみたいだし、律仁も興味が薄いわけじゃないからそれなりに楽しめそうだった。 キャンプのついでに眺めるのも悪くないな……と思っていると、渉太の元気が途端に無くなる。 「あ、でも……尚弥も誘おうと思うんですけど……」 少し声音を落として遠慮がちに提案をしてきた。渉太の友達なのだから、誘いたくなるのは当たり前だし、自分には咎める権限などない。しかし、もし、藤咲も来るとして俺がいる事で少なくとも藤咲は嫌がるだろう。 この間のように場の空気が悪くなって、律仁や渉太に気を遣わせてしまうのは目に見えていた。 「そうか……なら俺は遠慮しておこうかな……」 「えっ……ああ、そうですよね……」 「ごめんな……それに俺がいたらまた、みんなに気を遣わせるからさ」 渉太は「そんなことないです」と否定をしてくれたが、「藤咲とは仲直りは出来そうにないし……このままの方がいいと思うんだ」と伝えてやると「そうですか……かえってすみません」と謝られてしまった。 そして、付け加えるように「でも、詳しくことはまだ決まってないので、一度考えてみてほしいです……」と念を押され、「そうだね」と返事をしたが、良い答えを返してやることが出来なかった。

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