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結局自分も伊川先生のエッセイ本を買い、渉太も写真集を購入したらあとは帰宅するだというので、「先輩を送ります」と言われ、駅まで一緒に向かうことになった。
自転車を押しながらの渉太の隣を歩く。
普段は自転車で通っているが、ヴァイオリンのバイトがある日だけはどうしても電車を経由しないと遠いので公共交通機関を使っていた。免許もあるし、車と言う手段もあるがバイト先の駐車場の置ける台数は限られている。
「先輩って楽器やってたんですね。前ピアノはしてたって聞いてたんですけど」
バイトの為に持っていたヴァイオリンケースが気になったのか話題に触れてきた渉太に「まぁ……な、ヴァイオリンをちょっとだけな。見ての通りお坊ちゃんだったからさ、強制的習わされてたみたいなもんだよ」なんて自嘲気味に笑ってみせる。
渉太は「やっぱり先輩は凄いですね」と尊敬の意を込めたように呟いていたが、実際は苦しいことの方が多かったし、そんな大層なことではなかった。
しかし、渉太は悪意は感じられないだけに、それでも尊敬の意を表していることが分かる。そんな渉太の眼差しは自分が卑下してるだけで本当は凄い人間なんじゃないかと錯覚してくるから不思議だった。
「渉太……高校生の頃の藤咲ってどんなんだったんだ?」
ふと渉太といたの時の藤咲のことが気になり、素朴に感じた疑問を投げかける。
別に藤咲とお近付きになるための情報収集ではないが、自分はあの後の藤咲を知らない……。
ちゃんと楽しく生きれていたのかどうかも……見捨てて逃げ出したクセに気になってしまう。
「高校生の時の尚弥は……俺にとっては、何考えているか分からないくらい不思議な雰囲気がありました。いつも独りが多くて……でも、ピアノを弾いてる時の尚弥の表情は常に穏やかで目でも耳でも凄く心地いいピアノを弾くなーって」
今もピアニストとして活躍しているのだから当たり前だが、青年になってもピアノを続けていたことに安堵した。
それに穏やかな表情で弾いていたというのだから尚更。
律仁のライブでは理由が理由なだけに、確かに演奏は完璧ではあったけど、何処か強ばった印象の音色の硬さを感じた気がしたから……。
「当時も彼自身色々あったみたいだけど、クラスが一緒になって仲良いグループにいたときは、たまに笑うこともあってその笑顔にドキッとさせられたこともあります」
今の自分が見てきた藤咲では想像出来ないが、自然と昔笑顔で此方に微笑んできた藤咲の顔が浮かんだ。
「そっか、ならいいんだ……今もアイツは楽しく弾けてんのかな……」
「大樹先輩。俺、寄りたいところがあるんですけどついてきてくれますか?」
安心したような、何処か寂しいような何とも言えない感情でボソリと呟くと、渉太は急に思い立ったように提案してきた。ヴァイオリンのアルバイトにはまだ時間があるし、渉太の誘いに乗っかると先陣をきって歩く渉太の後を黙ってついていく。
駅近くの駐輪場に自転車を止めて、行先も分からぬまま、駅構内をひたすらに歩いていると、微かにピアノの音色が聴こえてきた。遠い目線の先でかなりの人集りができていて、何か行われているんだろうかと窺える。
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