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「だけど……この間、あんたが来てくれて……助かった……あのまま奴に…乱暴されてたら、僕はもう生きていけなかった……多分死にたくなってたと思う.......」 藤咲が洞を吹いている訳じゃなくて本当だと悲痛なほど分かる。宏明と握手した時の青ざめた表情。会場で息が止まりそうな程、涙を流しながら浅い呼吸を繰り返しては宏明を前にして震えて身を縮めていた姿が脳裏に浮かんでくる。 「……それくらい……僕は人に触れるのが、触れられるのが怖いんだ。男なら尚更、それが帰国してあいつが調律していたって知ってから、大好きなピアノに触れるのですら怖くなった……あいつがやったやつじゃないと分っていも ……あいつが僕の身体を触ってきた感触がフラッシュバックして演奏どころじゃなくなるんだよ……手袋をしてればまだマシな方だけど、気持ち悪くて、吐きそうで、苦しくて……」 だから、藤咲はピアノに触れるとき手袋をしていたのだと。弾くことが職業である限り逃れることのできない苦しみ、好きな物に触れられない辛烈さを抱えながら、彼は生きている……。 宏明が藤咲に具体的に何をしたのか分からない、でも自分はそれを止めることはできた。 彼の心に大きな深傷を負わせることは防げたかもしれない……俺が兄の脅しにも屈しずに、あの場にいる事ができたら、彼が苦しむことはなかったかもしれない。 後悔の渦がぐるぐると頭を駆け巡る。 「あいつらに裏切られたはずの母親までもが、あいつと関係持ってて……もうめちゃくちゃで……全部あんたのせいだ」 藤咲は歯を食いしばって顔を歪ませる。 藤咲に知られたくなかった、宏明に丸め込まれて藤咲の母親の|恭子《きょうこ》さんまでも手玉に取っていたこと。そのことを意図も簡単に宏明が藤咲本人に話して彼の心を乱していく。 宏明が藤咲をこの手で汚したいと豪語していたように、彼の心にまでも宏明が侵食していく。本当に兄のしていることは許せない。 しかし、今自分が藤咲に八つ当たりをされているのだと分かっていても、大樹はそんな兄に代わるようにして「ごめん」とだけしか言えなかった。 言い訳をしたところで見苦しいだけ。 腹立って反発したところで、藤咲にとったら俺だって宏明側の人間に見えても仕方がない。俺が藤咲を見捨てたという事実だけしかそこにはないのだから……。 「僕の中であんたは一生嘘つきで裏切り者の悪者にでっち上げたかったのに、頼んでもないのに僕を助けにくるし僕を庇って怪我してるし……今更、優しくなんてしてくるなよ……」 藤咲は自身の右手で頭をくしゃくしゃに掻き回しては深く項垂れ、しゃがみ込んでしまった。

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