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向き合うこと

悲しいことに冬休み丸々2週間を病室で迎え、終わる頃にようやく主治医から退院許可が下りた。退院した直後から着信履歴が母親の名前で埋まっていくことにゾッとしながらも今は月一の演奏も出来る状態でもなければ、兄からパーティの日のことを訊いているのではないかと勘ぐらせる。 どちらにせよバイトも休んでいるので、確実に母親のお怒りの電話に違いなかった。 大樹は今すぐには顔を合わせる気分になるはずもなく着信拒否をしては一月も下旬を迎えていた。 絶対安静ではあるが、腕の方は順調に回復しているし、学校には普通に通えていた。筆記関係は左手を使ってパソコンで打ち込めばなんとか生活は出来ている。 しかし、怪我をしているからと言って授業は止まってはくれないし、研究だってある。右手が使えないことに周りには迷惑を掛けてばかりで大樹は内心、困憊としていた。 そんな中でも藤咲は大丈夫だろうか……なんて考えるが、肝心の彼の連絡先を知らない。 あの病室の出来事から「何かあったら.......」と逃げない証として電話番号を渡したが、一度もそれらしき番号からかかっては来なかった。 渉太や律仁に教えて貰えば、此方から掛けることなど容易いんだろうが、大樹から大した用でもないのに藤咲に掛けるのは如何なものだろうかと頭を悩ませた。 藤咲は何事もなく過ごせているんだろうかと信じたい.......。 頭の片隅に藤咲のことを置きながらも、今日もレポートを仕上げるために居残りをしては帰る途中で教授に声を掛けられ、手伝い終わった頃には午後21時を回っていた。 門を出てスマホを確認しても当然のように着信はない。 深く息を吐いては徒歩で駅まで向かおうと踏み出したところで後ろから「大樹くん」と呼ぶ女性の声がして足を止めた。 振り向いては橙色の街頭だけが照らす夜道に目を凝らす。ハイヒールの音をカツカツとさせながら此方へと近づいてくるのは、藤咲の母親の恭子(きょうこ)さんだった。

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