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それぞれの不安

後部座席の端と端、藤咲はじっと車窓越しの景色を眺めていた。 車内ではお決まりのように流れてくる浅倉律の曲をBGMに運転席と助手席では渉太が曲に対する思いの丈を話していた。律の時の話をしている時の渉太の声は心做しか弾んでいるし、それを聞きながら運転している律仁も嬉しそうに頷いている。 「尚弥、お菓子いる?」 「いらない」 一曲が終わった頃に助手席から渉太が振り向いて、此方の様子を伺ってくると長方形の銀色の袋に入った細い棒状のチョコ菓子を袋ごと差し出してきた。 そんな遠足のように浮ついた心を覗かせている渉太の態度に対して冷たく言い放つ隣の藤咲。そんな藤咲との温度差を感じたのか少し残念そうな表情をしていたが、「先輩は、どうですか?」とすぐさま藤咲へと向けられた問いは対角線上にいる大樹に向かってきた。 お菓子など食べる気分にはならなかったが、渉太の厚意を受け取るために「ありがとう、貰うよ」と素直に受け取ると表情が安堵したようだった。 少なからず俺を強引に連れてきてしまったことに引け目を感じているんだろうと窺える。 大樹が受け取るや否や、運転席から「渉太、俺も欲しいなー?」と甘えたな律仁のお菓子の催促に、渉太は2袋入りの箱からもうひとつの袋を取り出して開けていた。そこから一本取り出しては律仁の口元へと運ぶ。 完全に恋人同士がするようなソレに大樹は相変わらずの仲睦まじい二人の様子を微笑ましく思いながらも、その隣では「きもっ......」と溜息混じりの呟きが聞こえた。 雰囲気からわかる通り、意気揚々としている前方座席の傍ら、後部座席の藤咲と俺の空気は重く、藤咲は一切喋る気がないのか、一度も此方を向く気配がない。 二月の上旬とまだ寒さが厳しさを迎える中、多少の痛みは伴うものの漸く不便だったギプス生活から解放されたが、大樹自身もこの場に居ていいものなのか頭を悩ませる状況だった。

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