66 / 292

聞かせてよ

大樹は裏起毛素材のパンツとニットセーターに極暖タートルを選んでは、所持金は余り持ち合わせていなかったので律仁持ちで出してもらい、そのまま着替える。 車の貸しをここで返された感が否めなかったが、律仁に何かと頼って迷惑をかけているのは大樹の方なので素直に御礼を述べる。 そして今に至ると言うわけだった.......。 渉太にお菓子を貰い、手持ち無沙汰と不穏な空気の中、何かしていないと落ち着かなかった大樹は袋を開けて一本摘んでいた。 藤咲と話そうと思えば話せる筈なのに毎回最初の第一声で躓く。 藤咲から醸し出している僅かな警戒心のような、壁のようなものを感じてしまうのも一理あるが、大樹自身も藤咲を腫れ物に触るようなそんな扱いを無意識のうちにしてしまっている自覚はあった。その行動が余計に溝を作ると分かっていても、律仁のように肩の力を抜いて接することなど大樹の性格上では難しかった。 唯一勢いに任せて藤咲に感情を剥き出しに出来たのはあの時だけ.......。 前方の二人に気を遣わせない為にも大樹は二本目のお菓子を手に取って、第一声を考えていたところで、隣から「それ美味しいの?」と聞こえてきて思わず声の方を振り向く。 余りにも勢い良く向いたせいで吃驚したのか、藤咲は僅かに身体を引かせると「何」と怪訝な表情を見せていた。 渉太に聞かれたときは「いらない」と断っていたのでてっきりお菓子に興味がないかと思っていたが......。 大樹はそのあからさまな表情に「いや.......」と尻込みをしたが、ぎこちなく藤咲の様子を窺うように「いるか?」と手に取った一本を渡す。しかし、藤咲は指で袋の方を指したので大樹は咄嗟に「すまん.......」と無意識にとった行動に反省する。そして、座席の空席スペースに袋を置くと、藤咲の方へとそっと差し出した。

ともだちにシェアしよう!