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やはり大樹の聞き間違いだったらしい……。すると、運転席から「尚弥くん、用がなくても大樹に連絡したいんだって」と会話を聞いていたのか、律仁が割って入ってきた。 律仁の煽りを聴くなり「はぁ?言ってないし」と強い口調で反応を見せる藤咲。 渉太も話しながら此方を気にかけていたんだろう……律仁が口出しした途端に「律仁さん、尚弥を挑発しないでください」と彼の腕を殴りながら怒っていた。 きっと聞こえていたとしても本人が否定したら大人しく引き下がる。渉太と俺なら絶対に暗黙の了解を守るタイプではあるが、律仁は いい意味でも悪い意味でも空気を壊してくる。 彼の思い切りのある発言や行動は一種の才能でもあるんだろうけど……じゃなきゃ有名な監督に買われる程の演技は出来ない。 「尚弥くん、気をつけた方がいいよ。俺、地獄耳だから。悪口だろうとなんだろうと耳に入るから。あと、渉太の惚気も俺以外禁止ね」 律仁の怒りのスイッチが入ったのか、渉太が忠告しているのにも関わらず更に煽り始める。 「そうですかー以後気をつけます。惚気け話で思い出したんですけど、僕、渉太と片耳イヤホンしたことあるんですよ。ほら今の曲、寄り添って聴いてたの思い出すなー。ね?渉太」 律仁の挑発に乗るようにして、藤咲は更に怒りを誘発しそうな渉太との思い出話をする。 全身から血の気が引いたように青ざめて狼狽えている渉太に律仁が「そうなの?」と懸念した声音で問いかけていた。 追い打ちをかけるような律仁の問いに一生懸命誤解を解こうとする渉太。 「尚弥も挑発に乗らないでっ。イヤホンは……嘘じゃないけど、あの時はあの時で……今は一番律仁さんが好きですからっ」 渉太は気づかないがこの時点で大樹は渉太を困惑させるための茶番だと察していた。 その証拠にバックミラー越しでは律仁が、隣では口元を抑えながら藤咲がニヤニヤとしていた。 二人して渉太をからかって遊んでいる……。 律仁は「分かっているよ。冗談だから」と種明かしをすると「みんなの前でなんてこと言わせるんですかっ」と渉太の顔が火が着いたかのように真っ赤になった。 傍観者気分で三人のやり取りに耳を傾けていると、唐突に「で、大樹は?尚弥くんから用事意外の連絡貰ったら迷惑?」と律仁が会話の矛先を自分に向けてきたので、心臓が縮みあがる。 別に答えづらいわけではないが、みんなが自分の答えを待っている状況がやけに緊張を誘い、藤咲も俺の返答に興味津々かのように視線を向けてきたので、言葉にするのを躊躇するくらいだった。 かと言っていつまでも黙っている訳にもいかず、藤咲に直接言うのは照れが勝って、前方の律仁に向かって「別に構わないが……」とぎこちなく返事をしてやると「尚弥、良かったね」と渉太が満面の笑みで藤咲に問いかけていた。 しかし、藤咲は大樹の返答に納得いかなかったのか、はたまたしつこく藤咲の不快になる ことに触れてしまったからなのか、仏頂面で「はあ、うざっ」と溜息混じりに呟いては、そっぽを向いてしまう。その行動が大樹への拒絶反応だと思うと寂寥感に苛まれていた。

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