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「あぁ、渉太か」
近づいてきた途端に、頬を緩ませては徐々に肩を揺らして笑い始めたので、どうやら先程の行動を渉太にばっちり見られていたらしい。我ながら、日頃の疲れを癒しに来たサラリーマンのお父さんみたいだと思ってはいたが、渉太の壷をつくとは思いもしなかった。
それ以外に渉太が笑う理由が見つからず、「あ、今おっさん臭いとか思っただろ?」と自虐的に揶揄する意味を込めて問いかけると
慌てたように「そ、そんなことないですっ」と返してきた。
「先輩ってあまり気の抜けた一面を見せないので新鮮だっただけです」
渉太の目に映る自分はどれだけ美化されてるんだと正直照れ臭くて「渉太は大袈裟だなー俺はどれだけ渉太の目には完璧に写ってんだ?」なんて揶揄うと「本当の事じゃないですかっ」と一生懸命に自分を庇護している姿が可笑しくて場が和む。
「渉太、楽しんでるか?」
一呼吸置いたところで軽いコミュニケーション程度の問いかけてをすると、渉太は大きく頷いて答えてくれた。
「はい。俺、温泉初めてなんですよ。大きいお風呂って気持ちいいですね」
今日一日、渉太の笑顔が絶えていなかったことから心から楽しんでいることが伝わってきて、此方もそんな彼を見てると相乗効果で楽しくなってくる。今だって肩を竦めて、恥ずかしそうに打ち明けながらも心を弾ませているようだった。
「だろ?」
「先輩は……」
「楽しいよ、ありがとうな。確かに無理矢理でも連れてこられなきゃ来なかったし。最近落ちてたから、すごい気分転換になってるよ」
最初は強制連行されて散々だと思っていたが、これは嘘ではない。藤咲が気がかりではあるものの、大樹は大樹なりに楽しんでいた。
「腕も治るかもな」なんて微苦笑しては「大樹先輩は無理はしないでください。夕飯の準備は俺と律仁さんでやるので」と渉太に優しく叱られてしまった。
湯船の縁に頭をつけて、思い浮かべる藤咲の姿。今退屈しているのではないだろうか……。渉太とは対称的に藤咲は表情を滅多に表に出すことはない。そのせいか、彼の感情を読み取るのは大樹にとっては難しかった。
車内でだって連絡も結局、深く突っ込んだことで「うざい」と突き返されたし·····。
もしかして本当にこのキャンプがつまらなくて、その原因が俺のせいなのかさえ思えてくる。
「藤咲も楽しんでくれてるといいけどなー……まあ、俺がいるからどうか分からないけどな……」
心の中で完結させるつもりだった言葉を思わず漏らしまったことにハッとして渉太の方をみると、彼も眉を寄せて深刻そうな表情をしていた。
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