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「大樹先輩……尚弥に今日のこと誘った時、大樹先輩もいること予め伝えてて……」 渉太が訥々と話し始めて、生唾を飲みんでは喉を鳴らし耳を傾ける。 「そしたら……尚弥、自分から行くって言ったんです。だから、先輩のこと決して嫌いだとは思ってないような気がします……。尚弥自身が今日のこと楽しんでくれているかは俺にも分からないですけど……少なからず尚弥なりに少しずつ踏み出してくれている気がして……」 律仁も関わっていることだから上手く丸め込まれ、半ば無理矢理藤咲も連れてこられたと思っていたので、驚喜しては漠然とした期待が生まれてくる。 俺が来ると知った上で藤咲がきた……。 だけど自惚れてはいけなかった……。 それだけで藤咲が俺の事を信用したなんて過信してはいけない。 藤咲が俺のことに少しずつ歩み寄って来ているのだとしてもそれは、渉太や律仁の言葉を信用していたからのお陰であって俺自身が信用された訳じゃない。 「それは……そうだとしても、それはお前や律仁が俺のことを優しいだとか俺を庇って藤咲に話してくれたからだろ?俺の力じゃないよ……俺自身は藤咲の信用には値しない立場だから……」 「·····もし、そうだとしても……先輩のことには変わりありません。今まで先輩が培ってきたからこそ先輩が優しくて頼りになるって皆から信頼されてるんじゃないですか。だから俺も正直に尚弥に話せたんです。二人の間に何があったか分からないけど……俺にとって先輩も尚弥も大切な人だから、尚更、お互いが誤解したままでいてほしくないんです。嫌われたままなんて悲しいじゃないですか……」 真剣に訴えてくるその瞳を何処か律仁に重ね合わせながらも、ここまでこんな自分が後輩に慕われてる存在だったなんて思わず、卑下にしていた心に渉太の優しさが染みた。 「先輩の優しさが偽善だとしても、サークルで馴染めなくて一人だった俺に声掛けて気にかけてくれた先輩を嘘だなんて思えません。 先輩に優しくしてもらえて凄く嬉しかったんです。こうやって今、先輩と仲良く出来ているのも先輩の人柄がいいからです……じゃなきゃ惚れてないですし」 恥ずかしそうに肩を竦めて話す渉太。 藤咲への後悔からの同じ過ちを起こさないためにも償う意味を込めて、やってきたことを 捉え方次第では単なる自分勝手に過ぎないだろうけどそれでも認めて肯定してくれている人がいる。 「そうか。渉太にそう思って貰えてるだけでも嬉しいよ。ありがとう。でも、俺を信用するかを決めるのは藤咲だからさ……」 藤咲に一生信じて貰えなくてもいいし、許されなくても、嫌われていてもいい。だけど、藤咲の抱えているものを自分も背負う責任があるから俺を頼ってくる限りは応えたい……。 しかし、自分で話していて渉太の言葉を聞いているうちに、じわりじわりと目頭が熱くなった。 この感情が込み上げてきて泣きそうになる気持ちは何なんだろう……。 渉太にはこんな情けない姿を見られたくなくて、幸い湯船に浸かっているのをいいことに泣きっ面を誤魔化すために顔を洗う。しかし、それでも流れそうな涙を大樹は天井を見上げて堪えていた。

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