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「お前が、1人だからさ退屈してるんじゃないかと思って……渉太と律仁はまだ時間かかりそうだし……」 謝った後で数秒でも間が持たず、つけ足すようにして訳を話すと「そう……。別に退屈なんかしてない……」と相変わらずのそっぽを向いて返されてしまった。 変化の見せない表情から今、藤咲が何を思っているのか読み取ることが困難で自分がズケズケと話しかけていいものなのかと躊躇われる。 「そっか……ならいいんだ……弾かないのか?」 「弾かない」 「そうか……」 ぽつぽつとだけ発せられる藤咲の単語のような会話。自分は昔、藤咲とどんな会話をしていたんだっけ……思い出せないほど些細な他愛もない会話をできていた筈だった。 いつもなら何事があった時でも穏便に相手も気まずさを感じさせないように、冷静さを取り持って接することが出来ていたはずなのに、藤咲を前にすると取り繕うことさえ出来なくなる。 「……何か飲むか?買ってくるよ」 張り詰めた空気に耐えきれずに、大樹は一度売店に避難することにした。踵を返して売店のある方へと進み始めたところで「あんたさ……」と背後から藤咲の呼び止める声が聞こえてくる。 「すまない……何が良かったか?」 振り返って藤咲が何を言いたげに顔を顰めているのを見て、自分が藤咲の飲みたいものを聞いていなかったことを察した。その場から立ち去ることしか考えてず、気を回してやれなかったことが悔やまれる。 「違う。ヴァイオリン……やってんの?」 てっきり要望を聞き入れなかったことに機嫌を悪くしているのだと思っていただけに、思いもよらぬ反応が返ってきて、首を傾げた。 藤咲に勿論ヴァイオリンを続けてることは話してない……。 「車に……積んであったから……」 藤咲はそんな大樹の様子を見て、言葉の意図を掴めていないと判断したのか、補足してくると、大樹は、漸く今朝助手席に積んだままにして後で持って帰る気でいたヴァイオリンケースのことを思い出した。 藤咲と幼い頃、最後に会ったのは辞めた後だし、なんなら当時本人にもヴァイオリンは辞めたと宣言した。なのに未だ積まれているヴァイオリンケースに疑問を抱くのは当然だった。

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