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そこには母親麗子 の側近の高崎 がマンション前の植木に、佇んでは大樹と目が合うなり深く礼をする。先程通り過ぎた場所の筈なのに全く人の気配を感じなかったので、余程視野を狭く捉えていたのだろう。
「大樹様。お留守の様でしたので車でお待ちしておりました。怪我は大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっと出かけてて·····怪我はもう大丈夫だよ。高崎さんこそご苦労様」
高崎が来たということは、大樹にとっては不都合な話であることは粗方想像はついていた。母親の番号を着信拒否していたし、そろそろ麗子が痺れを切らして迎えにくる頃だろうことは想定の範囲内だ。
怪我が完治したのを見計らっていずれ行かなければならないと思っていたが、麗子の威圧的な顔が浮かんでは足が竦んでしまっていた。
ということは、今高崎が来たであろう車には麗子が居るんだろうか·····。そう思った途端に、全身から血の気が引き、いつも麗子に会う前の背筋が凍るような緊張感が生まれる。しかし、そんな心配は高崎の「麗子様が連絡がないとお怒りですので一度ご自宅にお帰り願えますか」の言葉で杞憂に終わった。
麗子は来てはいなかったことに安堵はしたが、大樹の着信拒否に対して憤慨していることには変わりなく、この件に関しては避けられそうにない。
しかし、大樹はどんなに高崎の抜かりのない礼儀を弁えた申し入れでも今すぐに母親に会う気にはならなかった。会えば真っ先に怪我の理由を説明しなければならない。宏明の事を話して宏明がやったものだと知ったらどんなに反応が返って来るだろうか.......自分に厳しく兄には甘い麗子は宏明はそんなことやっていないと言い張るに違いなかった。宏明の不倫が発覚した時だって、誑かした藤咲の父親が悪いと兄を庇護していたのが記憶にある。
旅の疲れもあってか、そんな母親との意見の食い違いに耐えられるほどの元気は残っていなかった。
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