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だからこそ、この家は余計な波風など立たずに、忙しなく行き交う交差点の人々のように淡々と日常が流れていたし、そんな彼が易易と自分に彼自身の知っていることを教えてくれるとは思わなかったが、大樹は知りたかった。あの兄が本気で愛していた人だったというのなら.......。 高崎は暫くの沈黙の後、「それは.......お話できません。いくら弟の大樹様といえ、宏明様のプライバシーに関わりますので」と気丈に振舞う。 長山の家を出た身とはいえども、ちゃんと麗子の息子だと言うことを認識して徹底している。麗子が信頼を置くほど文句などない完璧な人だった。 「高崎さんが話したということは誰にも言わないので聞かせて貰えませんか?高崎さんは知ってますよね?兄と光昭さんの関係.......。この間、恭子さんから手紙を預かったんです。兄宛の光昭さんが書いた手紙です」 受け取った手紙を見せて証明したいところだったが生憎、自宅の鞄に忍ばせたままで現物を見せることは叶わなかった。しかし、光昭からの手紙という単語で彼は少し反応を示したのか、眉がピクリと上がったのを見逃さなかった。 「絶対に誰にも話しません。正直兄のことは怖いですけど、でも少しでもいいから理解したい。俺も好きになってはいけない人を好きになってしまったようだから.......」 ダメ押しのようにそう口を洩らすと途端に虚しくなった。藤咲に執着している宏明と決して同じだなんて思いたくはない。だけど自分が藤咲のことを色目で見ることは彼からしてみれば宏明が彼に向けているものと同じも同然なのだろう.......。 高崎は観念したのか深く息を吐くと「では.......」と呟いては「麗子様に必ずご連絡をしてこれ以上心配をかけないと約束していただけますか?」と問い掛けてきた。助手席のドアへと回り、車内へと促してくる。大樹は「もちろんです」と静かに応えると、高崎が開けてくれていたドアから車内に乗り込んだ。

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