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エアコンによってじわりと暖まる車内。 部屋にあげるという選択もあったが、主のプライベートスペースへ立ち入るのは側近として反する行為だと高崎に断固として断られてしまった。 エンジン音とエアコンの風音だけが響く車内で高崎の方から「大樹様が聞きたいのは宏明様と藤咲様の話ですか?」と改めて問いかけてきたので、大樹はそうだと肯定するように深く頷く。 すると、高崎は「これは、あくまで私の見解ですので.......|高崎要《たかさきかなめ》の主観として話していることを承知くださいませ」と前置きをしてきた。 「大樹様も公に知っているようにあの二人は深い関係だったことには間違いありません。 ただの遊びではなく宏明様が藤咲様に本気で恋情を抱いていたのは間違いないと思います.....」 恭子さんが話していた、宏明は藤咲の父親を本気で愛していたこと。それを恭子さんに謝罪をしていたこと。大樹から見るイメージでは宏明の謝罪なんて想像すらできない。 「宏明様は酷く自分がピアノの才能がないことに悩んでいらっしゃいました。卓郎様には毎日詰られていたようですし.......」 結果に残さなくて父親に認めてもらえず、弟に激しい嫉妬を抱いて当たり散らかしていた宏明が鮮明に思い出される。俺より功績を残すなと圧を掛けられていたあの頃は今思い出しても鳥肌モノだった。 「だけど藤咲様は宏明様のピアノを褒められてました。宏明様がまだ高校生の頃ですか.......藤咲様の自宅パーティで披露した演奏を褒められていた姿はとても嬉しそうにしていたのを覚えています」 宏明が頬を緩ませて嬉々とした姿なんて、大樹は当然のように見たことは無い。寧ろ、人に対して自分の弱みになるようなところは、決して見せない人だと思っていた。 「藤咲様はとてもお優しい方だったので、宏明様にはそれが響いたんでしょう.......藤咲様が来訪された際には藤咲様にピアノのを指導してもらっていたようです.......」 高崎が見てきた宏明と自分が見てきた宏明の万別の違いに戸惑いながらも、確かに大樹でも肌で感じるほど父親は厳しかったのは納得できた。大樹は結果を出すことで父親の目に厳しく触れることはなくなっていたが、結果を出せなかった宏明は苦悩していたに違いなかった。 音楽に携わるもの、同性として少しでも褒めて認めて欲しかったのだろうか.......。 自分も厳しく母親からの指導を受けるうえで、藤咲の笑顔に助けられたことは何度もあった。一緒になどしたくは無いが、藤咲の父の優しさに縋りたくなるほどだったのかもしれない。

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