90 / 292

12-6

「高崎さんが二人の関係を知ったのはいつですか?高崎さんはよく、兄の送り迎えをしてましたよね」 ハンドルに手をかけて、それまで思い出話をするかのように忽忽と話していた高崎が大樹の問いかけによって言葉を詰まらせたことにより、それ程までに話しずらい内容であることだと気色とる。 「.......宏明様が音大に入学されて、藤咲様の息子様.......尚弥様のピアノを教えるようになってからです」 宏明が明確にいつ尚弥の講師を始めることになったのかは分からないが、俺が藤咲の家に連れて行かれる前から宏明が向こうの家に行っていることは知っていた。 その為に高崎が毎回送り迎えをしていたことも.......。 「その前からそうだったのかまでは分からないのですが、藤咲様のお宅に向かう道中の宏明様は何処か楽しそうだったのを覚えてますし、藤咲様のことをにおわせていたこともあったので.......手に入れたいのに手に入らないのが辛い......」 今まで知り得なかったことが、高崎によって紐解かれていく。 「もしかして高崎さん、家を出て行った後の兄の所在も知っていたんですか?」 「ええ、まあ。麗子様に宏明様のことを気にかけるようにと言伝られていたので。時折、恭子様から頂いた援助金をお渡しに二人が住まう藤咲様宅に伺っていました.......。そこで.......疲労困憊の光昭様を車椅子を押して介抱してあげていた宏明様をお見かけしました。しかし、感情のない人形のような目をした光昭様に必死に話し掛けている宏明様は見ていて痛ましかった......。奏者の世界を諦めてせめても音楽の繋がりを絶やさぬようにと光昭様の為に調律師の道を選んで調律科に学校も入り直してました。御自身で調律師の古林様に弟子入りしながら勉強もして藤咲様のお世話をしてとさぞ頑張っておられましたよ。そんな宏明様が家を空けていたときに.......光昭様は自らの手で.......」 これは本当に俺の知っている兄なのかと錯覚するくらいに、高崎の柔らかくて何処か寂しそうな話し方から、どれだけ宏明が藤咲の父親のことを想っていたのかと感じさせられる。 才能が無いことに腹を立て俺に嫉妬して、威圧していた兄が.......勉強をして頑張ってたなんて.......。 たまたま好きになった人が、既婚者だっただけで兄は純粋に恋愛をしていただけだったんじゃないんだろうか。だからって許される理由では無いが、二人の大事な時間を邪魔されたくなくて、死守しようと俺や藤咲を脅して黙らせようとした。 そして、願いが叶ってようやく手に入れた人なのに、肝心な相手は何もかも失い、空っぽで宏明のことなど見てくれなかった。それどころか一緒に歩む道を選ばず、悲しい最期を迎えてしまった。 ただただ恨めしかった兄に同情するしかない。

ともだちにシェアしよう!