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高崎から一通り話を聞いた後で車から降りると「必ず麗子様に.......」と念を押されて去っていく彼の車を見送った。 マンションのエントランスを抜け、エレベーターを使い、十二階の自室へと向かう。 部屋に入ると律仁と出て行ったままのマグカップを片付ける片手間に、室内エアコンの電源を入れた。キッチンで新たな珈琲を淹れながらも、高崎の話の余韻からか、鞄の中に入った手紙の内容が気になった。宏明に対しての藤咲の父親の想いが込められているであろう手紙にはどんなことが書かれているのだろう.......。 想いを告げる宏明の気持ちに断らなければなかった藤咲の父親はどういう意図で宏明と関係を持つことを許したのか。彼自身、妻子に出ていかれて病にかかるくらいなら.......。 ----------------------------------------------------- 都心から二時間半弱の横浜から少し外れた町。中心部の未来都市のような外観とは全く別世界なくらい緑が多くて、田んぼや平地が多い町。人に出会わないせいか時間がゆっくりと流れているように感じていた。 こんな高層ビルの一切ない土地に住んでいたらさぞ毎晩、綺麗な夜空を眺めることが出来るんだろうかと感心しながらも、車を走らせていた。 高崎に会った日から一週間後。 高崎から教えてもらった住所を頼りに大樹は意を決して兄に会いに行くことに決めた。 手紙を渡し、藤咲に近づかないこと、決着をつけないとならない。 その前に高崎との約束通りに、麗子にも現状報告のため直接連絡をとってみたが「すぐに家に帰ってこい」の一点張りで話にならなかった。とりあえず、腕もある程度復活し、藤咲に聞かせるという目標ができたとこで始めたヴァイオリンの練習も順調であることを報告して電話を切ったのが今週の出来事。 山を登り少し山よりの高い場所にある木造二階建ての建物前の空きスペースに車を止める。大きい三角屋根に明らかに下の方にある村の建物より目新しい。悪目立っている訳でもなくかと言って町に馴染んでいる訳でもない。 ひとつだけ隔離されたような家と言う方が正しいような気がした。それだけに、車で上がってくる途中からでもよく目立っていた。 ここが兄の師匠でもあり、藤咲の馴染みの調律師の古林弦一(ふるばやし げんいち)さんの事務所件自宅。宏明はそこで住み込みで働いているのだと聞かされていた。 木目調の扉の横には呼び鈴なるものが無く、どうしたものかと戸惑っては、試しに扉を握って引いてみると鍵が掛かっていなく、中へと入れてしまった。

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