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12-10
「.......幼い頃。兄と同様にピアノやってたんですけど、母親がヴァイオリン奏者だったので自然と俺が意志を受け継ぐ形になったんです.....」
「じゃあ、君はヴァイオリン二ストなのか.......」
「いいえ、ヴァイオリンは趣味程度で今は自分のやりたい事を勉強してます」
苦労の証ともいえる額の皺がそう思わせているのか口数の少ない男に対して、最初は身構えていたが、自分が思うほど厳格な人ではないような気がした。
「そうか。兄弟で勉強熱心なんだな。宏明もここに来る前はピアニストを目指していたみたいだが思うようにいかなかったみたいでな。最初はたかが何も知らないピアニストだと思って高を括っていたが、寝る間も惜しんで勉強していたみたいでな感心してるよ」
高崎からみた宏明と同様に古林の口からも彼を貶すような言葉が出てこない。
「兄弟だな」なんて言われてあまり喜ばしいとは思えなかったが、兄にも努力をする一面があったのは意外だった。
自分も兄と対等に向き合ったら何か変わるだろうか、変えることができるだろうか。
一家族として.......。
「古林さんは出向いたりとかしてないんですか?」
「ああ、俺はもうこんな歳だから出張は限界でな。耳も現役の頃よりは良くない.......だから今は外での調律の方は宏明に任せているんだよ」
藤咲さんという最愛の人を亡くし、心が空っぽのはずの兄だがちゃんと居場所を見け、古林さんにも認められ、暮らしている。
実家にいるよりずっといい境遇のはずだ、
しかし、それでもやはり、藤咲さんのことは兄にとっては大きな枷となっているのだろうか.......。
話の区切りがついたところで古林さんは黙り込むとスプレーガンを手にして塗装作業をし始めた。一面塗りつけたあと、丁寧にジグザグを描きながらスプレーを動かしていく。
みるみるうちに光沢感のある綺麗な黒へと塗り替えられる様に興味津々だった。
夢中で古林さんの作業をじっと眺めていると事務所先の入口のベルが鳴った音がしては、暫くして勝手口のドアが開けられた。
「弦一さん、戻りまし.......大樹」
入って来たのはウールの茶色いチェスターコートとマフラーを下げ、たった今現場から戻ったのであろう宏明だった。
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