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だからと言って高崎に対して怨恨を抱くような雰囲気はなく、「高崎から聞いたからなんだ」と高崎が俺に宏明の事情を話したことに関しては気にしてないようで安堵する。 「なんでそんなに尚弥くんに構おうとするんですか。貴方と藤咲の関係に尚弥くんは関係ないじゃないですか」 気だるげにタバコをふかす宏明の横顔に問いかけると薄ら笑みを浮かべて、灰皿へと吸殻を押し付けた。 「前に言っただろ、尚弥を見てると教えていた頃を思い出してぐっちゃぐちゃにしたくなるって」 王様のようにテーブルに肘をつき、手のひらに側頭を乗せる。ただ藤咲が光昭さんに佇まいや振る舞いが似ているからだけで襲いたい訳ではないことは感じていた。もっと憎悪に似た感情を抱いていないと、最愛に似た人に椅子なんかを振り落す気になる訳が無い。 「それだけじゃないですよね」 宏明は何がおかしかったのか皆目見当もつかないが、突然高笑いをし始める。丸で容疑者の確信に迫るような気分だった。 兄の本心に触れたのだろうか.......。宏明はのそりと椅子から立ち上がると、大樹の元まで再び近づいてきては両頬を片手で摘まれた。 「探偵にでもなったつもりか?お前に俺の何が分かる。どうせ自業自得だとか思ってんだろ」 奥歯を強く食いしばりながらも怒りを顕にしてくる。大樹は右手指から伝わる兄の怒りにそっと左手を添えて頬から引き剥がした。 「思ってます。人様の家庭を奪ったのだから当然の報いだと思ってます」 幾ら高崎さんや古林さんが宏明は真面目に頑張っている、気の毒だと同情したとしても優しい言葉を掛けてやる義理はない。宏明の自分本位な行動によって、ひとつの家庭を壊し、藤咲家全体を狂わせた張本人なのだから。 「お前、よく兄貴にそんな口を利けたな」 大樹の言葉で怒りに拍車が掛かったのか、宏明は物凄い剣幕で睨みつけてきては今にも襲いかかってきそうなほど、掴んだ右手を振り落とそうとしてくるがそれよりも強い力で必死に制御する。遂には空いた左手で胸ぐらを掴まれては、取っ組み合いになった。 正直、力ごとは苦手だ。律仁との喧嘩のときも一方的に耐えるだけで大樹から手を出すことは無い。大樹は食ってかかってこようとする宏明を収めようと「貴方の気持ちは俺の見解じゃ分からないし、藤咲さんとのこと、可哀想だなんて一ミリも思わないけど。俺もあの家が父さんや母さんの態度が窮屈で苦しかったのは一緒です」と叫ぶように告げるとピタリと宏明の手が止まる。

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