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「あの事件の後、光昭さんが……あの女と離婚して尚弥と出て行ったって聞いてやっと自分のモノにできると思った。だけど毎日のように家族写真を抱えては目の前の俺より家族が大事で、特に尚弥のことを気にかけてばかりで俺が話しかけても心ここにあらずだったんだよ。口を開けば尚弥のこと、俺のことなんか見てなかった……」 藤咲の父親のことを話すと宏明は崩れ落ちるように地べたに座り込む。宏明が口を開いて言葉を紡ぐ度に震える旋毛を大樹は哀れみを含んで見つめるとしかできなかった。 「.......だから、尚弥が憎らしくてたまらないんだ。光昭さんにあんなに愛されてる尚弥がアイツが喋らなければ、光昭さんと愛し合えた関係が続いてたかもしれないって何回も考えた.......それなのに光昭さんの面影があるのが腹立たしくて……あの女も巻き込んであいつの人生ごとぐちゃぐちゃにしてやりたかった」 結われた後ろ髪の横から垂れ下がる触覚で表情が分からないが、きっと宏明は今、悲痛な面持ちに違いない。彼もまた誰にも救って貰えることがなかったんだろう……。 大樹は鞄から手紙を取り出すと宏明の前に差し出した。 その手紙に気づいた宏明は少しだけ顔を上げると水色の封筒を手に取る。 「藤咲さんからの手紙です……恭子さんから預かってきました。藤咲の遺品整理をしていた時に出てきたみたいです」 藤咲の父からだと説明してやると、宏明は目の色を変え、荒々しく封を破ると、中身を確認した。三枚程の便箋に何が綴られているのかは分からないが、宏明が読み進めて行くうちに一筋、また一筋と涙がウッドデッキの板木に落ちていく。 全て読み終えた頃には手紙を持っているのもままならないほど、泣き伏せている宏明の姿があった。 「僕を愛してくれてありがとうなんて……どこまで光昭さんは優しいんだよ……俺の事なんか愛してなかったことくらい分かっていたさ…………」 死人に口なしとはよく言ったもので何より家族のことを大切にしていた藤咲の父親は宏明に対してどんな愛情を向けていたのか。 きっと宏明のことは全く愛してなかったわけではなくて、勝手な憶測でしかないが、父親のようなそんな愛情を向けていたように感じた。 だけど優しい彼だから幼少期から恵まれた愛情を受けていなかった宏明を見ていて熱烈な宏明の好意を拒絶することが出来なかったんじゃないだろうか。 父親、卓郎の友達で家族ぐるみの付き合いをしていたのだから卓郎が我が子に対して厳しいことに気づかなかった訳では無いだろうから……。 しかし、結果的にその優しさと自分の過ちで最も愛していた家族を失い、宏明すら傷つけることになってしまった代償は大きくて空虚感に苛まれてしまい、近くにいた兄のことを思いやる余裕すらなくなってしまったのだろうか……。

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