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「兄さんたちの関係も光昭さんのこともよく分からないけど、光昭さんは兄さんのこと全く愛していなかった訳じゃないと思います」 外気で冷えた木材の床から額を上げては、信じ難いと物語ったような表情を向けてくる。くしゃくしゃになるくらい強く握られた手紙に宏明も宏明で苦しんでいたのだと思わされた。 きっと高崎さんや古林さんが言うように兄にも真面目でひたむきな部分があって、光昭さんもちゃんと宏明の良さを理解していた。自分が見てきた宏明は、弱いものに当たり散らかすような卑劣な人間なんかじゃなくで、宏明自身の弱さを虚勢を張って隠しては必死に自分を守っていたのではないかと思わせる。 先程の自分を思いやるような言葉と温かみを覚えた宏明の雰囲気。いくら古林の前だとしても本当に性悪な人間なら嘘だとしてもそんな優しい言葉は出てこないような気がした。 「少なくとも光昭さんは貴方のピアノのことを認めて褒めてくれていた。貴方に強い思入れがあるからこそ関係を結んでも強くはいえなかったのは光昭さんの優しさでもあり愛情なんだと思います。貴方には今頑張りを認めてくれる方がいます。居場所があります。だからもう過去に……長山の家に……藤咲に……執着して縛られる必要はないです……。兄さんがしたことは許されることじゃないけど、光昭さんのためにも一生懸命前を向いて生きてください。今度は沢山の方を幸せにする努力をしてください」 大樹は呟くように「お願いします」と懇願するように頭を下げた。 藤咲のため以前に兄がこれ以上、長山の家に光昭さんに縛られるのは不幸でしかない。多分、古林の元にいる方が兄の心も、深い傷も癒えるような気がした。 現に古林と話していた時は、長山の家に足を踏み入れていた時よりも幾分穏やかな表情をしていたから……。

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