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頭を下げている間、宏明がゆっくりと立ち上がると再び近づいて来る気配がした。また頭を掴まれるか、先程みたいに肩を叩かれるのか緊張で心拍数があがる。 大樹がそれが兄にとっても一番良い事だと考えたとしても宏明自身がどう思うかまでは解かせない。また癪に触ってしまうかもしれないし、微かに震える拳を握りしめながら、じっと待っていることしか出来なかった。 宏明の焦げ茶色の革靴が目線の先に見えると「頭を上げろ」と覚束なげな声が降ってきて顔を上げる。泣き腫らした後の赤い目元と握られたままの手紙、そこには過去に自分が脅えていた兄の顔はなく、何処か吹っ切れたような温厚な兄がいた。 「光昭さんが……僕の大事な息子だからどうか恨まないでやってくれ、恨むなら君を苦しめてしまった俺を恨んでくれって、俺を恨みながらもいいから君には幸せに生きて欲しいって……死人をどう恨めって言うんだよ……だから·····もう·····尚弥には近づかないよ」 光昭さんからの手紙を胸元まで一瞬だけ掲げると優しい顔をして手紙の中の光昭さんに文句を言っていた。その瞬間、兄はこの人を本気で愛していたんだと表情から読み取れた。 魂を揺さぶるほどの恋をすると盲目になり醜さも浮き彫りになると聞くが、周りが見えなくなるほど光昭さんが愛しくてたまらなくなるほどに……憎いけど嫌いになれないほど·····好きだったんだ。 宏明から藤咲にもう近づかないとの言葉は不思議と嘘のようには感じなく、大樹は胸を撫で下ろしていた。 これで……藤咲が苦しむ要素をひとつ取り除くことができた。 すると「大樹。手紙、ありがとう·····」と頭に宏明の手伸びてきて頭を二回ほど撫でられる。身長は差程変わらないし、お互いに成人したいい大人だ。 誰かに頭を撫でられるなんてことは今までの経験上なかっただけに、何だかむず痒くなる気持ちだったが、その瞬間だけ兄の溝がなくなり、本当の兄弟のような関係を築けたような気がした。 「大樹。お前にひとつ聞きたいんだけど。尚弥のことずっと必死に庇おうとしていたけどお前、尚弥のこと好きなのか?」 確信を突くような宏明の問いに大樹は狼狽える。これを、この感情を認めてしまっていいものでないことを知っているからだ。 ひどく罪悪感を持ったこの感情は森の奥地にでも隠してもう一生出てくることのないように祠にでも封印しておかなきゃいけない……。 「お前は絶対、藤咲の家に……アイツに関わったら俺みたいに全て壊して捨ててでも手に入れたくなる、だから·····」 自分は兄のような過ちは犯さないと思いたかったけど、自分には前科があった。前の彼女の時だって知能が下がったみたいに律仁の言葉を耳に入れず、彼女の本質すら見抜くことが出来なかった。自分が藤咲に本気で恋情を抱いてしまったらと考えたら恐怖心で身震いがした。 「俺は絶対にそんなことには、ならないです。俺、藤咲と約束したんで……藤咲を見捨てることはしないし、それ以上の感情も抱かないと……」 懸念するような兄の瞳を振り切るように、大樹は強く訴えた。もう思い出してはいけない、キャンプ日の藤咲を艶めかしい目で見てしまったこと、頭から離れない表情も……。

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