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「あんた何で笑ってんだよ。僕に聴かせる気ならちゃんと楽しそうに弾けよ」
涙が出るほどおかしくて嬉しい·····。
「はいはい。今度から藤咲が安心して聴いてられるようなもん弾けるように練習しとくよ。だから、俺が演奏するときは必ず来いよ?」
「言われなくても·····。その代わり今度聴いて変わらなかったら威張りたおしてやるっ·····」
藤咲から強がりのような、いじらしさが大樹の悪戯心に火をつける。
「どうぞ、どうぞ。かの世界を飛び回って有名な藤咲尚弥様に私の演奏を評価していただけるのは光栄なことですから·····」
「なっ·····」
必死に叱責する藤咲に向かっておふざけで丁寧な物言いで返してやると、藤咲は驚愕したのか大きく目を見開き首筋までも桃色に侵食し始めていた。
大樹はその艶めいた姿を見て思わず視線を逸らし、「まあ、でも藤咲の為だけだと思ったら弾くのも苦じゃないな·····」と呟くことで揺らいだ心を収めては、なかったものとしていた。
藤咲は「そんなこと言われたって·····」と今にも消えてなくなりそうなくらい小さく背中を丸めて、組んでいた両手に力を込めている。
少し揶揄いが行き過ぎてしまっただろか·····。
今ので少し怖がらせてしまった気がする·····。
少しずつ藤咲との溝が埋まってきているのが嬉しい反面、いつもなら相手の不愉快にならない程度に一定の距離感を保って接することが出来ているのに、藤咲を前にすると感覚がバグったみたいに引き際が分からなくなる。
調子に乗って藤咲が嫌がると分かっていても、もっと彼の表情が見たくて、そんな邪な感情の欲に溺れてしまいそうで「壊してでも手に入れたくなる」と言った宏明の言葉が反芻しては途端に怖くなった。
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